桃真珠7

 準備をして、わたしたちは港へ急いだ。

 あまり悠長にしている暇はない。

 天候操作の道具が、どれぐらい効果を保ち続けてくれるのかわからないからだ。


「海も穏やかになってくれているようだな」


 腰に剣を提げたロゼが安堵したように言う。


「それはいいですけどぉ……なんでまたチコが桶係なんですかぁ!」


 ヨナさんが入った桶を背負ったチコが不満をもらした。


「力持ちだから?」


 わたしは端的にそう返す。


「それなら、あのきのこが持てばいいと思うんですけどぉ!」


「オヤカタくんには道具が入った袋を持ってもらっているし」


「そうだぞ絶壁娘」


「絶壁って言うなぁ!」


 チコが逃げるオヤカタくんを追いかけ回す。

 二人とも元気だなぁ。


「おーいオヤカタくん、荷物ちょうだい」


「はいっ、クロ様!」


 華麗にチコの追撃を躱し、オヤカタくんがわたしの足下に道具の入った袋を置く。


「まずは着替えなきゃだよね」


 人魚になって海中に行くのだから、服は邪魔になる。

 そこでわたしはミュウが着けている胸当てを人数分、錬金術で複製したのだった。


「はい、服を脱いでこれを着けてね」


 わたしはロゼ、チコに胸当てを渡す。


「あ、ああ……しかしだなクロ」


「あのぅ……クロさぁん」


「どうしたの二人とも?」


 ロゼとチコは顔を見合わせる。チコはすぐに「はっ」とそっぽを向いたけど。


「着替えるとは、ここでか?」


 ロゼが辺りを気にしながら訊いてくる。

 港には少しだけど、他にも人がいた。


「ああ、それなら安心して。ちゃんと見えないようにするから」


「そうなのか?」


「うん、これで」


 袋の中から、わたしはある道具を取り出した。

 手のひらサイズの白い玉だ。


「爆弾……?」


 つんつん、とミュウが白い玉を指で突っつく。


「ミュウ不正解。これは特殊な煙幕だよ」


 これを使えば、周囲からわたしたちの姿は見えなくなる。

 わたしは白い玉を地面に叩きつけた。

 ぼん、と煙が立ちのぼり、わたしたちを包み込んだ。


「一応、オヤカタくんは見ないようにね」


 服に手を掛けながら、わたしはオヤカタくんに釘を刺しておく。


「これは心外。オレは紳士ですぞ?」


「うん、まあ一応ね」


「オレよりもヤツに気をつけた方がいいのでは……」


 ヤツ?

 オヤカタくんの目線を追うと、そこには――


「はぁはぁ……クロさんの生着替え……じゅるり……これは目に焼きつけなければいけませんよねぇ……」


 わたしを凝視するチコがいた。

 目玉が飛び出すんじゃないかという勢いで目を見開いている。

 怖い怖い怖い。


「ああっ! 目が攣ったぁ!」


 両目を押さえながらチコが悶絶する。

 目って攣るのかな?

 まあいいや。この隙に着替えてしまおう。

 わたしは服を脱いで、胸当てを着けた。とりあえず下半身は布を巻いて隠す。

 ミュウ、ロゼ、チコも着替えを終えた。

 三人ともわたし同様に胸当てを装着して、下半身は布を巻いて隠している。


「おそろいだねっ!」


 ミュウが楽しそうに笑った。


「なんか間抜けな格好ですけどねぇ」


 チコが微妙な表情で言う。


「うう……落ち着かないな」


 ロゼは身体をもじもじ。たぶん、肌を露出するのに慣れていないのだろう。

 まあ、それはわたしもだけど。


「じゃあ着替えが終わったところでチコ、お願い」


「はぁい」


 チコは桶を持ち上げると、中のヨナさんを海に放った。


「ヨナちゃん、身体は大丈夫っ?」


 海面から顔を出したヨナさんに、ミュウが声をかける。


「はい、みなさんをアクアフィリスまでしっかりご案内します!」


「うう、ごめんね……ワタシ道を覚えてなくてっ」


 ミュウは心底から申し訳なさそうだ。

 道を覚えていないのに、どうやって帰る気だったんだろうか、この子は。

 わたしは思わずクスリと小さく笑う。


「クロちゃん?」


「なんでもない」


 さて、悠長にしている暇はないんだった。

 わたしは足下の袋から、薬の瓶を四本取り出す。

 瓶の中身は変身薬だ。人魚に姿を変える薬。


「はい、これ」


 わたしはミュウ、ロゼ、チコに薬の瓶を手渡す。


「みんな、海に入ってから薬を飲んでね」


 地上で人魚になったら、海に入るのが大変になりそう。

 まあ、オヤカタくんに放り込んでもらってもいいんだけど。


「オヤカタくん、道具袋をよろしく」


「任されましょう」


 道具の入った袋を閉じて、オヤカタくんに預けた。

 この袋は防水仕様の特殊な物だから、海中でも中身は安心だ。


「――それじゃあ、行こう」


「ああ……!」


「はあい」


「行きますぞっ!」


「うんっ!」


 わたしの声に、ロゼ、チコ、オヤカタくん、ミュウが応える。

 そして、わたしたちは一斉に駆け出し――

 海へと身を投げた。

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