桃真珠2
わたしとミュウが閲覧室に行くと、
「やあやあクロ様、これを見てください!」
やたら上機嫌なオヤカタくんが、大きな布袋を床に転がした。
「あーあーびしょ濡れじゃない」
オヤカタくんも布袋も、雨に濡れている。
「朝から姿が見えないと思ってたけど、オヤカタくん外にいたの?」
「ええ、ちょっと海まで釣りに」
「この大雨の中で……?」
なにやってんだ、この子は。
「それよりもこいつを見てください」
オヤカタくんが床に転がした布袋をぺちぺちと叩く。
すると……布袋がもぞもぞと動いた。
「ひぇ……え、もしかしてこれ、魚?」
「はい! かなりの大物ですぞ!」
たしかに大きい。
人間の子供ぐらいあるオヤカタくんと同じぐらいか、少し大きい程度かな。
でも……
「よく釣れたね……」
「腕が違いますからな、腕が」
オヤカタくんは得意げに釣り竿を振る真似をする。
「そういう問題じゃなくて……」
海では今、魚は獲れないはずなんだけどなぁ。
「今夜はご馳走ですぞ。見てください、こんなに立派な魚なんですから」
意気揚々と、オヤカタくんは布袋から魚を出した。
尾を掴んで高々と持ち上げる。
相変わらず小さいのに力持ちだな。
魚はたしかに立派だ。大きいし色艶もいい。
「嘘……ヨナちゃんっ!」
ミュウが悲鳴に近い声を上げて、オヤカタくんを突き飛ばした。
「ぐえぇっ!」
オヤカタくんの手から落ちた魚をミュウが抱きとめる。
「ミュ、ミュウ?」
「この子、ワタシのお世話係……ううん、大切な友達なんですっ!」
「じゃ、じゃあこの魚も人魚の国から……?」
「クロちゃん、ワタシが入っていた桶をくださいっ!」
「あ、うん……!」
わたしは急いで工房に戻り、人魚状態のミュウを入れるために錬成した桶を抱えた。そのまま浴室へ向かって、桶に水を張る。
「これぐらいでいいかな? ……あ、あとこれも入れなくちゃだよね」
わたしはポーチから錠剤を取り出して桶に入れた。
錬金術で作った、水を海水に変える薬だ。
ミュウは真水でも平気みたいだったけれど、あのヨナさんは見た目は普通の魚だし……念のために。海水魚は真水じゃ生きられない。
「よい……しょ」
桶を必死で抱え、わたしは閲覧室へ急いだ。
「ミュウ、お待たせ」
「ありがとうっ!」
床に置いた桶に、ミュウがヨナさんを入れる。
ぐったりとしていたヨナさんは、しばらくすると水の中を泳ぎはじめた。
「よかったぁ……」
安堵して力が抜けたのか、ミュウはへたり込む。
それから「はっ」となって立ち上がると、桶の中を覗き込んだ。
「ヨナちゃん、大丈夫っ?」
ミュウの呼びかけに、ヨナさんは水面から顔を出す。
「ミュウちゃん! よかった、やっと会えました!」
「魚が喋った!?」
わたしは思わず声を出して驚いてしまった。
「なんとも面妖ですな」
いつの間にかわたしの隣にいるオヤカタくんが、真面目な顔で言う。
「いや、オヤカタくんもだからね」
あんた喋るきのこだよ。
よくよく考えたら、喋るきのこがいるんだから魚が喋っても不思議ではないか。
「そうでしたな……いやあ、一本取られましたなあ」
いっけね、みたいな表情でオヤカタくんは頭(?)をかく。
「ミュ、ミュウちゃん、この方……と、きのこ? はいったい?」
「この子はクロちゃん、ワタシの友達で色々とお世話になってるのっ」
「えっと、クロです。よろしくね、ヨナ……さん?」
「それはそれは、クロ様。私はヨナ。ミュウちゃんのお世話係をしている者です。よろしくお願いいたします」
慇懃な調子で挨拶をするヨナさんに、わたしはぺこりと頭を下げる。
「うん、こちらこそ」
「それから、こっちのきのこさんはオヤカタさんっ。クロちゃんの……えっと、下僕?」
「その通り。オレの名はオヤカタ。クロ様の下僕であり、最高の相棒さ」
爽やかな感じで名乗るオヤカタくん。
最高の相棒って……そうだっけ?
「なるほど……つまりは私と同じような立場でございますね? どうぞよろしくお願いいたします、オヤカタ様」
「おうとも」
「……ああっ、ヨナちゃんケガしてるじゃないっ!」
ミュウの言う通り、ヨナさんは身体に数箇所の傷を負っているみたいだった。
「オヤカタくん……」
「違いますぞ! オレはこの魚を素手で捕獲しましたからなっ!」
「え、海に入ったの?」
あんな荒れた海に……もうめちゃくちゃだよ、このきのこは。
「さっきの釣り竿を振るみたいな動きはなんだったの?」
「あれは雰囲気でなんとなく」
「あ、そう……」
……それより、ヨナさんを手当てしないと。
「その怪我、どうしたの?」
「海底からここまで来る途中で、何度も身体をぶつけてしまって……」
ミュウの問いに、ヨナさんはそう答える。
今、海は荒れているからなぁ。
「待ってて、工房から回復薬を……」
「あっ、クロちゃん大丈夫です」
「え?」
わたしを止めたミュウは、桶の中にいるヨナに手を近づけた。
ミュウがそっとヨナに触れる。
するとヨナは淡い光に包まれ、身体にある傷が瞬く間に消えた。
「ありがとうございます、ミュウちゃん」
「どういたしましてっ」
「ミュ、ミュウ、今のは……?」
「実はワタシ、治癒の力が使えるんですっ」
えへん、とミュウは大きな胸を張る。
そういえば、人魚には治癒能力の逸話もあったような気がするな。
「あ……」
わたしはふと、とある出来事を思い出した。
それは数日前、桃きのこの森へ変身薬の材料を採りに行ったとき。
わたしが毒蛇に噛まれて麻痺してしまったあのとき、ミュウはわたしに顔を近づけて……
もしかしてミュウは、わたしを治癒しようとしてくれていたのかな。
「いやでも、さっきは手で触れただけで治していたし……」
「クロちゃん、どうかしたの?」
「へっ、あ、いや、なんでもない……」
思い切ってミュウに訊いてみようか。
でも、なんか今さらだし……。
「ああぁっ!」
突然、桶の中でヨナさんが声を上げる。
「よく見ればミュウちゃん、その姿はどうしたのですか!?」
今気づいたのか……。
「これはねっ――」
ミュウがヨナさんに事情を説明した。
「なるほど変身薬で人間に……そういえば昔、女王様……ミュウちゃんの母上も人間に変身して地上で過ごしていらしたとか……ああぁぁっ!」
またもやヨナさんが声を荒げる。
なんか忙しない人……いや、魚だな。
「どしたの、ヨナちゃん。そういえば、なんでヨナちゃんは地上に来たの?」
「女王様ですよ、女王様です、ミュウちゃん!」
血相を変えて、ヨナさんはミュウに告げた。
「女王様が……お倒れになったんです!」
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