買い物とお茶と6
わたしはミュウと一緒に町のカフェにやってきた。
「人がいっぱいですねー」
「時間が時間だからね」
今は午後三時を少し過ぎたところ。
ちょうどティータイムだ。
町に一軒しかないカフェは満席状態だった。
「どうするミュウ? 帰って家でお茶する?」
「――あっ!」
店内を見ていたミュウが突然、なにかに気がついた。
「どうしたの?」
「あそこ見てくださいっ!」
「んんー?」
よく見ると、店内に友人の顔が二つ。
ひとりは赤い髪を頭の上で結っている少女。
もうひとりは茶髪の小柄な少女。
ロゼとチコの二人だ。
二人は四人がけの卓に、向かい合って座っている。
珍しい。ロゼとチコが一緒にお茶……するわけないよなぁ。
一言も会話していないみたいだし。
ロゼは目を瞑りながらティーカップに口をつけ、チコはひたすらケーキを食べている。
じゃあ、どうして二人が一緒なのか。
店の状況から考えれば、自ずと答えは見えてくる。
混雑しているカフェ。別々に来店したロゼとチコは、相席を余儀なくされたというところだろう。
四人がけの残り二席は、おあつらえ向きに空いているみたい。
「ミュウ、入るよ」
「えっ、あ、はいっ」
ミュウと二人でカフェに入店する。
「いらっしゃいませ、申し訳ありません……ただいま満席でして……」
「あ、連れがいるんですけど」
店員のお姉さんにそう告げて、わたしとミュウはロゼとチコがいる卓に通してもらう。
「ロゼちゃん、チコちゃん、こんにちはっ!」
「おお、ミュウにクロか。こんにちは」
「クロさぁん! チコに会いに来てくれたんですねぇ!」
「違うけど。ロゼ、わたしとミュウも同席していいかな」
「ああ、もちろん」
「チコには訊いてくれないんですかぁ!?」
「どんな反応か予想がつくし」
クロさん以外は帰るならいいですよぉとか、そんなとこだろう。
「んもぅ、つまりチコとクロさんは以心伝心ですかぁ」
チコは無視して、わたしとミュウも席につく。
ロゼの隣にミュウ、チコの隣にわたしだ。
「ミュウ、なに頼む?」
「ワタシも、チコちゃんが食べてるケーキがいいですっ」
ベイクドチーズタルトか。わたしもそれにしよう。
「飲み物は?」
「クロちゃんはなにを飲むんですか?」
「わたしはアイスコーヒー」
「じゃあ、ワタシもそれでっ」
「苦いけど平気? まぁ、シロップあるから大丈夫か……すいませーん」
店員のお姉さんを呼んで、注文する。
「それにしても……本当に人間に変身したんだな」
注文を受けた店員のお姉さんがいなくなったところで、ロゼがミュウに目を向けながら口を開いた。
「はいっ、クロちゃんのおかげで。この服もクロちゃんが選んでくれたんですよっ」
「ほう、似合ってるじゃないか」
「ぬぁー! クロさんに服を選んでもらうなんてぇ……! 許せません! クロさぁん、チコの服も選んでくださぁい」
甘えた声を出しながらチコがわたしの腕に抱きついてくる。
「あーはいはい、今度ね」
「ところで、ミュウはこれからどうするつもりなんだ?」
「はいっ、地上について色々と知りたいんですけど……とりあえずはクロちゃんのお手伝いですっ」
「あのぉ、まさかとは思うんですけどぉ、人魚さんてもしかして……クロさんの家に住むんですか?」
あれ、チコにはそこまで教えていなかったっけ?
「はいっ、そうですけど?」
「許せません許せません許せませんっ! クロさんとひとつ屋根の下とかぁぁぁぁっ! はっ! クロさんの家にはベッドがひとつしかないはずですぅ! 昨夜はまさか……?」
「うん、同じベッドで寝たけど」
わたしが答えると、チコは愕然とした表情になった。
「同衾! クロさんと同衾っ! チコもしたいぃ!」
うるさいなぁ。
「チコ、他のお客さんに迷惑だよ」
ていうか周囲からの視線が恥ずかしい。
「はぁい……じゃあチコもクロさんの家に住みますね」
「それはダメだけど」
なにが「じゃあ」なのか、さっぱりわからないし。
「ぐぬぬ淫乱人魚許すまじですよぉ!」
「チコちゃん、ワタシの名前はミュウですっ」
ミュウは少し怒ったような声色だ。そりゃあ淫乱とか何度も言われたら怒るよ。
「はんっ、貴女なんて、お色気人魚とかでいいですよぉ! これ見よがしに大きな胸を晒して!」
なぜかロゼがぴくりと眉を動かし、ミュウ以上に立派な胸元を腕でかばうように隠した。
それは余計に強調されるからやめた方がいいと思うけど。
「……もしかしてチコちゃん、羨ましいの?」
「え」
ミュウはチコの胸元に哀れむような目を向ける。
「チコちゃん、小さいから」
たしかにチコの胸は絶壁だ。
しかしミュウ、直球すぎるよ。
「――げはぁっ!」
チコに痛恨の一撃だ。
それにしたって「げはぁっ」はどうかと思う。
女の子が出していい声じゃない気がする。
「うぅぅぅぅ、チコだって……チコだってまだ成長するかもしれないし……あ、そうだクロさんっ、胸がばいんばいんになるお薬とか作れないんですかぁ!」
「んー、なんかあったような気はする」
「本当ですかぁ!?」
くわっ、と目を見開いてチコはわたしに顔を寄せてくる。怖いよ。
「うん。でも、わたしは作り方を知らないけど」
「がっくし……」
「お待たせしましたー」
チコがうな垂れたところで、店員のお姉さんがやってきた。
わたしとミュウが注文したベイクドチーズタルトとアイスコーヒーを卓に並べる。
「ごゆっくりどうぞ」
店員のお姉さんはぺこりと一礼して、卓を離れる。
「わ~、美味しそうですっ!」
「そうだね」
ミュウとわたしはフォークを手に取り、
「いただきますっ!」
「……いただきます」
ケーキとコーヒーを楽しむのだった。
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