桃きのこの森へ2

 フォイアロート領主の娘、ロゼリア・フォイアロート。

 さらりと美しい赤髪を頭の高い位置で結わえた、見目麗しい美少女だ。

 ブラウスにフリルタイ、コルセットスカート、黒タイツ、ヒールローファーという、貴族のお嬢様然とした上品な出で立ち。……本人はそう言われるのを厭うけど。

 身長が高くて胸もかなり大きいから大人びて見えるが、わたしと同じ十代後半。父親である領主が国から命じられた『港町マリンシェルの不漁問題解決』に日夜、尽力している。


 彼女はどうしてここ――わたしの家にやって来たのか。入り口にある時計に目をやれば、その疑問はすぐに氷解した。


「そろそろ夕食の時間だぞ、クロ」


「うん、わかってるよ……まあ、今気づいたんだけど」


 わたしの一言に、ロゼは少し呆れたように苦笑した。

 ロゼは、わたしを迎えに来たんだ。


 わたしは錬金術を優先して、食事をおろそかにしてしまいがちだ。小食だし、昔は夕食を抜かすことも多かった。

 食に無頓着なのは育ての親とも言える師匠もそうだったから、なおさらだ。

 ロゼはそんなわたしを心配して、なにかと色々食べさせようとしてくる。

 これは王都で知り合った頃からずっとそう。このマリンシェルに来ても変わらない。

 毎晩こうして迎えに来て、屋敷で一緒に夕飯を食べる……それがお決まりだった。

 で、食事の後でお互い『不漁問題』の調査について報告し合うという流れだ。

 わたしとロゼは基本的に別行動だ。


 わたしは錬金術師として。ロゼは領主の娘として。それぞれ、できることをやっている。だからお互いの成果や情報を、定期的にやり取りするようにしていた。

 正直な話、今のところ大きな成果はないという現状なんだけれど……。


「さあ行こう。今夜の献立はシチューだぞ」


「あ、ええっと……」


「どうした?」


 ……ロゼにミュウのことを話すべきだろうか。

 話すべきだよなあ。ミュウをこの家に置くと決めてしまったわけだし……。

 いや、よく考えてみるとわたしの一存で決めていい話じゃなかったよね、これ。

 今はわたしの家だけど、この元図書館は町の物。そして町の現最高責任者は、領主の娘であるロゼだ。

 ミュウについて、きちんと相談するべきだし……なにより友人に隠し事はしたくない。


「ロゼ、ちょっと相談したいんだけど」


「うん、なんだ? もしかしてシチューは嫌なのか?」


「そうじゃなくて」


「ではなんだ、付け合わせのリクエストでもあるのか」


「食事の話から離れよっか」


 よっぽど空腹なんだろうなと思う。


「相談というか、聞いて欲しいことがある……というか」


「どうにも歯切れが悪いな、クロらしくない」


「そう?」


「ああ、そうとも。いつものクロなら、言いたいことはスパッと言うだろう」


「んー」


 たしかにそうかもしれないけど、今回ばかりは難しい。

 ミュウの……人魚の話なんて、どう切り出せばいいのか。

 ありのままを伝えるしかないのかな、やっぱり。


「よっぽど言い出しづらい話なのか……はっ」


 ロゼは、何事かに気が付いたかのような声を上げる。

 そしてなぜか頬を赤く染めて、目を泳がせ始めた。


「ま、ままままさかクロ、ついに……?」


 なにが「ついに」なんだろう。


「夕暮れ……静かな場所で二人きり……このシチュエーションは間違いない……」


 ロゼがブツブツと小さく口にする。


「ま、待ってくれ! 自分とクロはその……友達同士だろう!?」


「え、うん、そうだけど」


 なにをいまさら。


「新たなる関係に進みたいという気持ちは嬉しいが、自分たちにはまだ早すぎるのではないだろうかっ! しかしクロがもう我慢ならないというのであれば自分も――」


「ちょっと落ち着こうか」


 興奮気味に声を荒げながら顔を寄せてくるロゼをなだめる。どうどう。


「ロゼがなに言ってるかちょっとよくわかんないけど、わたしが聞いて欲しいのは……」


 わたしが港で人魚を釣ったと告げると、ロゼはさらに頬を赤くして顔を両手で隠した。


「……恥ずかしい……穴があったら入りたい……」


「どうして?」


「……なんでもない」


 少し拗ねた風な口調で言って、ロゼは溜息をつく。気を取り直すように頭を軽く振ってから背筋を伸ばした。どことなく機嫌がよくなさそう。


「なんか怒ってる?」


「いいや……それで、なんだったか」


「今日、港で偶然にも人魚を釣り上げちゃって」


 わたしは再度そう説明する。

 我ながら酷いなこれ。なんだよ、港で偶然にも人魚を釣り上げちゃうって。下手な冗談にしか思えない。ロゼもそうだったのか、


「ふふっ」


 口元に手を当てて、小さな笑いをこぼした。


「まさかクロがそんな冗談を言うとは」


「これが冗談じゃないんだってば」


「……本当にか?」


 ロゼの問いに、わたしはうなずく。


「人魚が……いるのか、今ここに?」


「うん、いる」


 実物を見てもらった方が早いか。最初からそうすればよかったかな。


「こっち来て」


「あ、ああ……」


 わたしはロゼと一緒に閲覧室から工房へ、そしてミュウがいる浴室へと移動した。

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