錬金術師と人魚姫2

 エミリーさんからの依頼を引き受けたわたしは、ひとまず彼女に帰ってもらうことにした。できた物は、わたしが後ほどエミリーさんの家まで届けるという約束だ。


「さてと、それじゃ依頼の品を錬成しよう」


 エミリーさんを見送ったわたしは椅子から立ち上がり、奥の部屋に移動する。

 今までいたのが、元図書館の閲覧室。奥にあるこの部屋は、司書室だった場所をわたしの居住兼作業スペースとしている部屋だ。


「まずは材料、材料……と」


 部屋の隅に置いてある木箱の中を確認する。


「ちょっと素材が少なくなってきたかな……」


 エミリーさんからの依頼が片付いたら、今日は素材を集めに行こう。

 そう決めながら、木箱の中から必要な物を選び取る。


「これに、これ……あっ、これもいるか」


 取り出した材料を抱えながら、木箱のフタを閉める。そして、部屋の中央に鎮座する鉄製の釜の前に立った。

 この釜は、わたし愛用の錬金釜――錬金術で薬や道具を作り出すための釜だ。

 抱えた材料を足下に置いて、錬金釜のフタを取る。

 釜の中身は空っぽ。まずはこの中に、選んだ材料を放り込む。


「よし、最初はこれ」


 足下から赤く熟れた木の実を拾い上げた。大きさは拳ほどで、数は五個。それを釜の中へと投げ入れる。ぽいぽいっと。


「それから、これ」


 次にわたしが手に取ったのは、大きな瓶に入った緑色の粉末。これは海藻を乾燥させて磨り潰した物だ。


「この粉を五杯……と」


 大きめの匙で瓶から掬った緑色の粉を釜の中に入れる。


「最後はこれ……っと」


 海藻の粉が詰まった瓶とは別の、大きな瓶を拾い上げた。

 瓶の中身は透き通った液体。透明だけどただの水じゃなく、錬金術用の特殊な液体だ。


「これはまるまる一本だ」


 大きな瓶に入った液体をすべて釜の中に注ぎ込む。

 これで釜にフタをすれば、準備は完了だ。


「それじゃあ、やろうか」


 両目を閉じる。集中して、呼びかける。


 ――力を貸して。


 心の中で告げると同時、わたしは両目を開く。

 わたしの眼前に、『それ』はいた。

 全身から淡い光を放つ小さな獣が、ちょこんと座っている。


「やあ」


 わたしは小さな獣に声をかける。

 その声に応えてくれるかのように、小さな獣が「ミー」と鳴いた。

 この小さな獣は、わたしが契約している精霊だ。名前はフワラ。これはわたしが付けた名前で、由来は見た目がフワフワしているから。本当の名前は知らない。というか、存在するのかもわからない。


 精霊――それは自然を司る存在であり、世界の守護者でもある。

『マナ』という世界に満ちる自然の力を操ることが可能な、超常的存在だ。

 精霊は普通の人には見えないし、声も聞けない。

 錬金術とは精霊と交信できて、契約した者だけが扱える特別な力なのだと、師匠から教えられた。大昔はそうでもなかったみたいだけど、今では稀少な能力らしい。

 素材とマナを掛け合わせて、別の物を作り出す……それが錬金術だ。


「それじゃあフワラ」


「ミー」


 フワラはひと鳴きして、錬金釜の上に飛び乗る。すると、フワラの全身から放たれている光が輝きを増し、錬金釜を包み込んだ。

 今、釜の中ではわたしが入れた素材がフワラの力によって分解されている最中だろう。

 わたしは時間を計る。ここはタイミングが重要だ。

 頃合いを見計らって、わたしはフワラに『お願い』するべく口を開いた。


「万物を司る大いなるマナよ、その恵みを分け与えください」


「ミミミー」


 わたしの詠唱に応えるようにフワラが鳴き声を上げる。すると、釜を包む光がさらに強さを増した。精霊であるフワラが、マナを注ぎ込んでくれたからだ。

 こしうて分解された素材にマナを注ぎ込んでもらって、別の物を錬成する――というのが、錬金術の基本的な流れ。


「ミミッ」


 フワラが弾んだ声で鳴く。錬金釜を包んでいた光が徐々に弱くなり……やがて消えた。

 うん、どうやら完成したみたい。


「ありがとう、フワラ」


 釜の上にいるフワラの頭をやんわりと撫でる。

 フワラはくすぐったそうに目を細めると、「ミー」と鳴いて姿を消した。

 力が強くない精霊は、常に姿を現すことができないそうだ。わたしとしては、残念でしょうがない。ああ、フワフワモコモコ……っと、いけない。錬成した物を確認しないと。

 わたしは錬金釜のフタを取る。さてさて、出来はどうかな。


「うん、完璧だ」


 釜の中にある青い半透明な液体を見て、わたしは満足する。後はこれを空の瓶に詰め替えれば完成だ。

 この青い液体が、エミリーさんから依頼された道具。その名も、『おいでませ☆清浄なる楽園クリーンアイランドへ』だ。

 ……簡単に言うと、すごく汚れが落ちる洗剤である。ちょっとの量で、たくさんの衣類はもちろん、家の掃除、食器洗いまでできる優れ物だ。おまけに香りもよく、手荒れもしにくい。奥様方に大好評なのだった。


「これでよし、と」


 洗剤を瓶に詰めて封をする。それから、わたしはエミリーさんの家に向かった。

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