硝子の宝箱
黒鉦サクヤ
硝子の宝箱
「キレイなものが好きなの」
見上げるほど大きな水槽を眺めながら彼女は言った。
キレイなものが好きだという彼女自身も、精巧に作られた人形のように美しい。流れるような黒髪は腰の下まであり、少しぽってりとした形の良い唇は紅を引いて鮮やかだ。長いまつげに縁取られた瞳は大きく、タレ目がちなところも愛らしい。ふんだんに布を使った単品で目を引く凝ったドレスも、彼女を引き立てるアイテムに過ぎなかった。
水槽の中には色とりどりの魚が泳ぎ、光の当たった水泡がその都度輝く。揺らめく波の光が、照明の落とされた空間に佇む彼女の顔を照らし歪めた。
「キレイなものが好き」
そう告げた彼女は、きらめく水泡を硝子の球体に閉じ込めた。
彼女がキレイと言ったものは、すべて硝子の中に閉じ込められる。
僕の片目も、空が映ってキレイ、と言われ激痛を感じておさえたときには、すでに硝子に閉じ込められて彼女の手に乗っていた。目の前で溢れ出る鮮血など、彼女にはどうでもいいのだろう。手にした僕の目をうっとりと眺めていた。そんな彼女は誰よりもキレイだった。
でも、すぐにその顔が表情をなくす。もうキレイじゃないわ、と彼女が呟いた途端、硝子ごと僕の目は砕け散った。煌めきながら床に降り積もる。
輝きが消えるのは当たり前だ、と僕は思う。生きているからこそ、その目は輝くのであって、体から切り離されたら死んだ命の無いただの物体になる。
僕の片目は無くなってしまったけど、不思議と彼女に対して怒りはわかなかった。きっと、僕が彼女を愛しているからに違いない。
彼女がキレイだと言って、硝子ケースに入れたから僕の左手もすでにない。でも、砕けた目とは違い、それは彼女のお気に入りを展示する部屋に飾られている。僕の自慢だ。
彼女のお気に入りを詰め込んだ部屋には、大小様々なものが展示されている。
人の頭部は色白で金色の巻毛が可愛らしい少女のものだ。誰を映すこともなく、瞳を閉じたまま愛らしい顔を晒している。僕の見た目が良ければ、僕も同じように展示してもらえたのだろうけど、可能性は低い。残念だ。
美しい羽をした鳥や、しなやかな体つきの動物、滑らかな肌を持つ生き物の皮など、彼女の目にキレイと映ったものがそこにはある。
彼女基準の彼女だけの宝箱だ。その中に、僕もいる。なんてステキなんだろう。
いつしか僕は思うようになっていた。
彼女がキレイだと集めた中に、彼女自身がいたらもっとステキなんじゃないかと。だって、彼女はあんなにもキレイだ。キラキラと輝く瞳で、キレイなものだけを見続ける。キレイなものを探して毎日を生きる。
キレイに囲まれ続けた彼女は、どんなことがあってもキレイでステキなんだと僕は思う。
だから、この世で一番キレイなものを見せてあげる、って僕は言ったんだ。彼女も、見たいわ、って喜んだ。
僕がこの世で一番キレイだと思うものは彼女だ。僕はニッコリと微笑みながら、彼女を姿見の前へと誘った。彼女は生まれてから一度も鏡を見たことがない。水に映った姿も反射して映った姿も、どういうわけかぼやけてよく見えなくなるのだった。
彼女の目に、初めて見る彼女の姿はどう映るのだろう。
「まあ、キレイ」
口にした瞬間、彼女は硝子の中に閉じ込められた。必死の形相で硝子を内側から破ろうとしていたけれど、そんな姿もステキだ。
彼女を見ていた僕は知っている。
硝子に生きたまま閉じ込めたものは、すぐには死なないんだ。もがいてもがいて、息ができなくなって最後には苦悶の表情で飾られる。
彼女はずっとそれを、キレイ、って眺めていたんだ。
だから、僕も彼女に倣って、もがき続ける彼女の前に座る。前に座って『キレイ』な彼女を見続ける。
酸素が薄くなっていっているのか、彼女はさっきよりも必死に硝子を叩いている。どんな彼女もステキだと思う僕は、その姿をうっとりと目に焼き付ける。
顔が紅潮していくのも可愛らしい。キレイだ。
彼女の硝子ケースの隣に僕の左腕を飾るのを、今からとても楽しみにしている。
僕は愛している彼女の宝箱を彼女ごと愛している。愛しい彼女が詰まった宝箱を、僕はこれから大切に管理するんだ。
そのためにも、彼女がどんな風にキレイでステキな展示品になるのかを見届けなければならない。
僕に向かって何か叫んでいる彼女に微笑みかけて、そっと硝子越しに口付ける。
愛しい彼女は硝子ケースに入ったまま、僕を死の瞬間まで見続ける。彼女の死を永遠に閉じ込める。
彼女は永遠に僕だけを見続けるんだ。
硝子の宝箱 黒鉦サクヤ @neko39
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