第5話 準備を怠るな

「シンジ、ちゃんと見張ってるでしょうね。」

「あー、ちゃんと居るよ。」


 放課後、学校の廊下に響くアオイの大声に対し、僕はぶっきらぼうに答えると、教室のドアが勢いよく開く。


「よろしい。っで、アンタは覗いてないでしょうね。」

「誰が覗くか!お前の裸なんか見たかねーよ。それより、なんで俺が廊下で着替えなくちゃいけないんだよ。」


 僕は強気な態度で応戦する。


「はいはい。誰もアンタの裸なんか見たかないから安心していいわよ。プププ、自惚れすぎね。」


 完膚なきまでに叩きのめされる。昔からアオイには口喧嘩で勝った試しがない。


「おねーちゃん、シンジさんに失礼だよ。ありがとうございます。お待たせして、すいません。」


 ユニフォームに着せられたユイナが深くお辞儀すると、素直になれないアオイは知らん顔で歩き出す。


「さぁ、来週には決勝戦よ。ほら、二人ともボサッとしてないで行くわよ。気合い入れなさい。」


 僕らは昇降口を飛び出し、体育館やプールを横目に駆け抜ける。

 カラカラに地面が乾いた校庭は、既に様々な部活が利用し、活気に満ち溢れていた。

 陸上部のハヤトが「おぅ。」と手を挙げてハイタッチを交わす。


 校庭奥のネットが高く張られ、低いマウンドと簡易ベースがあるところまでダッシュ。


「あら、二股ですか?」


 途中、サッカー部の奴らに茶化されるが「うるせー。」と一言、一瞥をくれてやった。


 部員はすでに集まっており、お目付役の母さんも付いていた。


「君達、おそーい!弛んどるぞ。」


 と母さんが監督みたいな態度(監督なんだけど)を取ると、母さんは狙い通り部員の爆笑を取った。


 今日は話し合いで軽めのメニューにする事にしていた。投手と野手は別メニューで動く。

 白峰姉妹と僕は野手より長めのランニングとストレッチを済まし、3人でキャッチボール。

 その後はブルペンで三十球くらい投げ込み、ボールの感触を確かめた。


 次の日からは実践練習で磨きをかける。

 午前中のうちに教師に頼み込んで確保した理科室に、放課後すぐに部員を集め、南摩小のブレインことケンゴ主体で戦略会議を進める。

 ケンゴは自前のスコアブック片手にあらゆる情報を吐き出した。


 次の試合で最初に相対するは、みどりが丘小学校。

 3番神野、5番綾部、6番田嶋の六年生に、五年生で不動の4番徳丸を加えた、スラッガー揃いの打線が売りのチーム構成となっている。

 ケンゴは乱打線になると予測した。


 次に戦うのは南押原小とさつきが丘小のどちらか勝ち上がった方だか、順当に行けば、ケンゴは間違いなく、さつきが丘小が上がってくると言い切った。


 父が務める小学校だ。

 さつきが丘小は、みどりが丘小より打撃は劣るものの、エースで4番の高柳の存在が大きいと語る。


 正統派左腕の高柳の、長身から振り下ろされる120キロのストレートに打ち勝つのは容易ではなく、小細工も通用し難いと頭を抱えるケンゴ。

 それに加えて、高栁はバッターとしても優秀で、先日の試合では本球場でホームランを放つほどの中学生顔負けの長打力を見せつけている。


 こちらは投手戦になりそうな予感がする。

 残り2試合を勝ち上がれば、念願の県大会だが、道のりは思うより過酷そうだ。


 ケンゴは情報を全て伝えると、次はキャプテンのコウキ主体で残りの試合までの練習メニューについて話しあった。


 全体練習としては、強い打球を想定した守備練習とバント技術の強化。

 個人練習としては、ランナーを想定した投球練習など、やっておきたい事は盛り沢山だが、120キロを想定した打撃練習が必要不可欠だった。しかし、田舎の野球部の練習メニューには限界があった。


 その後も打撃練習の方法は結論が出ないまま、時間が惜しいので実践形式でノックに入り、その日の練習は終了となった。


 僕は帰ってからも打撃練習が気になっていた。夕飯を食べ終え、風呂の前に素振りをしていると以外なところから答えが出てくる。


 夕涼み、縁側でスイカを頬張る母。

「バッティングセンターに行けばいいじゃない。休みの日は良くパパと宇都宮に行ってたでしょ。明日はちょうど水曜日だし。」


 水曜日は学校全体で部活動が休みと決まっていた。母さんはそこを逆手に取った。


 母さんはそう言うと、メンバーの家々に電話をかけ、了承を取りつつ車も手配した。

 もともと、結束の強い町で子供同士が知り合う前に、親同士の仕事場が一緒だったり、飲み友達だったりと顔見知りという場合が多い。それに加えて、先日の試合を見た親達は熱が入り、昨日も良太の母親がスポーツドリンクの差し入れを持ってきてくれたりと、親達も戦闘モードに入っていた。


 水曜日。母の機転のおかげでバッティングセンターに行き汗を流した。木、金とノックを重点的に行うと、土曜日は学校側が他の部活動に掛け合い、融通を聞かせ、校庭を広く使わせてくれた。


 どうやら、裏では、ハヤトが陸上部の部員に掛け合ってくれたみたいで、お陰で実践を想定したシートバッティングを行うことができた。


 そして日曜日、僕達は再び、ぞうま運動公園に終結した。午前からA球場で準決勝を行い、午後から本球場で決勝が始まる。


 泣いても笑っても、今日一日で全てが決する。やるべき事は全てやった。後は全力でぶつかるだけだ。


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