エピソード0
薄暗い地下牢、そこが私の部屋だ。しっとりとし、涼しいその牢は私にとってとても快適で、居心地のいい場所。
私は格子の隙間から、若い侍女を見つめている。彼女はやせ細り、汚く、臭く、今にも死にそうな目をしていた。彼女は私の侍女だ。身寄りの無い、惨めで、汚い侍女。
ああ、なんて、かわいそうな私の侍女……最初は、あんなにも元気で、笑顔がかわいらしい子だったのに、今では見る影も無いわ……うふ……素敵。
もちろん私は地下牢で暮らしていても監禁されている訳ではない。
どちらかと言えば監禁している方。
素敵でしょう? もともとあった地下牢を改築して全て私専用の部屋にしてもらったの。
もちろんそのまま牢を完備、維持もしている。
改築前、地下牢は12室あった。その半分六つの牢を私専用の牢に、小さいけど残り六つの牢の壁をぶち抜き、私の部屋を作ってもらった。
もちろん私の部屋から万遍なく牢が眺めらるように向かい合わせにしてある。
それぞれの牢を眺めるのが私の日課で、今牢に入っているのは、侍女一人に、身寄りの無い少女一人、私のお気に入りの男の子一人、その計三人が、個々の牢に入っている。
先日まで五人がこの牢に入っていたけれど……。
一人は若い女で毎晩のように泣きわめくから、あまりのはしたなさに私自ら斧を持ち、頭を思いっきりかち割って差し上げたの。
それはそれは真っ赤な血しぶきが雨のように舞い散り、頭の骨を叩き割ると、ピンククリーム色の可愛らしい脳みそが、恥ずかしげにチラリと覗き見えた。
その瞬間あまりの可愛らしさに彼女の頬を優しく撫であげて「良い子ね」と呟いてしまったくらい。
本当は悪い子だったから早々に処分したのに……。
それでも彼女は絶命する最後の時まで素敵な音色の呻き声を奏でてくれた。
そうね、はしたない子だったけど死に方は素晴らしかったわ。
もう一人は浮浪者の男で、汚らしい男だったけれど骨格がとてもよく、しゃれこうべの置物として飾るのにとてもいいと思って拾ったのに、汚らしい上、私の体をいやらしい目で舐めるように見つめてくるから、思わず一日で殺してしまった。
もう少し痛めつけて、じわじわとゆっくり楽しんでから殺す予定だったのに、余りにも汚くて、汚くて、思わず腹が立って、近くにあったダガーナイフで男の腹を刺してしまったの。
これは本当に失敗。
殺戮は美しく理性的に……それが私のモットーだったのに。
私は自分の過ちを悔い、ダガーナイフをしっかりと持ち直して、彼のお腹を何度も何度も刺してかき混ぜた。
浅く、深く、奥に奥に。
こぼれてあふれる血液と内臓はとても官能的で芸術的だった。
汚らしい男だったけれどグチョグチョと卑猥な音を立てながら絶命していく男の瞳がとても素敵でずっと見ていたいと思ってしまったの。
だからすぐにノコギリで首を切断し、腐るまで私の部屋に飾ることにしたわ。
もちろん汚い男だから侍女に首を洗わせ、綺麗に整えてもらってからお皿の上に首を乗せ私の戸棚にかざっている。
三日もったら素敵ね。
腐りはじめたら肉を剥いで、当初の予定通り、しゃれこうべにして飾りましょう。
うふん、彼も私のしゃれこうべコレクションの仲間入りね。
私はゆっくりとティーカップを置いて戸棚を眺め続けた。
――――いつもと変わらない日常だったーーーー
――――ピピピッ……ピピピッ……
機械的な音で目を覚まし、慣れた手つきで目覚ましの音を止めた。
起き抜けにTVをつけてニュースと天気予報を横目に見ながら朝食を取り、身嗜みを整え終える頃に、ケータイのアラームが鳴り始める。
待ち受け画面には、可愛い子供達と撮った卒園式の写真。思わず笑みが溢れる中、靴を履く。
私は元気良く玄関の扉を開けて、空を仰いだ。雲ひとつない、気持ちの良い青空が広がっている。
「よしっ。今日もいっぱい子供達と遊ぶぞー」
大好きな子供達がいる私の職場、保育園へと歩き始めた。
―――今日もいつもと変わらない素敵な日常ーーー
あら、そろそろあの侍女の子もダメね。顔色も悪いし覇気がない。病気になられてもつまらないし、衰弱死なんて、もっての他だわ。
あの子はどうやって黄泉の国に送ってあげようかしら。
頸動脈にダガーナイフを突き刺して血の雫でもゆっくり浴びるなんてのも素敵ね。
うふ、良い案だわ。
彼女の小さな唇が呼吸出来ずにハクハク動く様はとても可愛いらしいに決まっている。
メリーちゃん、私の可愛らしい侍女にはピッタリね。
そうしましょう。
気持ちの昂りを抑えながら私は汚れてもいいワンピースに着替える為にクローゼットに向かった。
―――――――いつもと同じ時間ーーーーーーーーー
「せんせー、せんせぇ、今日もボクと、おててつないで、おさんぽ行こうねぇ」
小さな男の子が、私のエプロンをギュッと握りながら声をかけてくる。
「うん。もちろん。先生もまこちゃんと手を繋いで一緒におさんぽ行きたいな」
ゆっくりとしゃがみ込み、まこちゃんの顔を見つめながらそう言うと、まこちゃんも嬉しそうに笑って、元気良く返事をしてくれた。
列を作り、いつもと同じように子供達を確認しながら、近くの公園に向かうために歩き始める。子供達も皆んな慣れていて、しっかりと手を繋ぎながら歩いてくれている。
本当に良い子たちだ。
隣を見るとまこちゃんが私を見ながらニッコリと笑って「せんせーのおてては優しいね」と言ってくれた。
私も「まこちゃんのおてても優しいよ」と笑って返事をする。青信号の交差点を、私とまこちゃんが列の最後に渡る。
物凄いスピードで、こちらに向かって走ってくる車が、まこちゃんの背後に見えた。
―――――――いつもと同じようにーーーーーーー
厳粛な儀式でも始めるかのように、粛粛と身嗜みと準備を整え、鏡を見つめる。
ダガーナイフを持ち、侍女の居る牢にゆっくりと入っていった。
恐怖に怯える彼女の顔は醜く、そしてとても可愛らしい。
「メリーちゃん、今までありがとう。私を楽しませてくれて、貴女との時間は本当に楽しかったわ」
「……い……いや、お止めください、やめてっ、助けて!」
「あら、死臭がするのにまだそんな元気があったのね。生への執着があるのは素晴らしいことだわ」
私は座りへばり付いている侍女の髪の毛を掴み、思いっきり引っ張りあげた。
「いやっ、いやぁ!」
思いのほか侍女の抵抗が激しく、鎖の付いた侍女の両手が振り回される。
死の間際の抵抗も素敵ね。どんなに暴れても衰弱している侍女の抵抗は、私にとって大したものではなかった。
私は躊躇うことなく思いっきり侍女の首にナイフを突き刺した。
「うぐぐ……」
深く刺したダガーナイフを引き抜くと、勢いよく血しぶきが私の体を覆う。
少女の血液は綺麗な鮮血。呼吸をしたくてももはや叶わぬその唇は小鳥のさえずりかのように可愛らしくハクハクと動いていた。
「メリーちゃん、私の思っていた通りとってもとっても可愛らしいわ」
血飛沫を撒き散らしながら侍女は小さな呻き声を上げた。
私の背筋に走るゾクゾクとした快感にも似た快楽を、その歓びをメリーちゃんにも分かってほしくて、濡れたダガーナイフをゆっくりと優しく再度首の中埋め込んでいく。
小さな口元からコポリと血液が溢れるとメリーちゃんの身体はそのまま痙攣をし始めた。
「もうお別れの時間ね。メリーちゃん本当にありがとう」
痙攣は足元にも及び、ビクンビクンと身体全体をのけぞらせる。彼女の足かせの鎖が私の足に引っかかり、私は鎖をどかせるため自分の片足を上げた瞬間。
「っあ」
血液で濡れた床に滑ってしまい私はよろめいてしまった。
体制を立て直そうとこらえたのに、何故か力強い引力のような物を感じ地面に向かって強く引っ張られる感覚がする。
反転していく私の視界でメリーちゃんが声なく絶叫しているように見えた。
その瞳は悲しげで、それはそれは美しかった。
――――ドカッ!!!!
私の後頭部に格子の角がぶつかった。すさまじい衝撃と痛みが走る。
意識が朦朧とする中、ふと目の前の侍女が絶命する瞬間が見えた。
何故かメリーちゃんが笑っているように見える。
……何故笑うの……何故笑っていられるの……メリー…………。
――――――――――ドォォォォォン!!!!!
凄まじい音が耳の奥で響き続けている。
ゆっくり目を開けると視界が真っ赤に映り、電信柱が見えた。私は必死で体を持ち上げた。
まこちゃんが道路に倒れている。
あぁ良かった。まこちゃんは生きてる。
ふとガードレールを見ると、煙を上げた車が止まっている。
私はまこちゃんに近寄ろうと立ち上がろうとしたが足が動かない、自分の足を見ようとしたが、見ないほうが良いと、私の本能がそれを拒んだ。きっと見ればもう動けなくなると何となくそう思ったから……。
私は両手を使い這いながらまこちゃんの所へ近寄った。まこちゃんは泣きながら蹲っていたけれど、大きな怪我は無いように見える。
「まこちゃん、良かった。痛いところは無い?」
「痛いよ、せんせーお膝が痛い、うぇーん」
「お膝をすっちゃったのね、お薬塗ってバンソウコウを張ればきっと大丈夫よ。帰ったらカッコいいバンソコウ貼ってもらおうね」
…………ーーーーーーー。
「いやあぁぁぁぁっっつ!! まさみ先生!」
何処からか同僚の叫びが聞こえる。
「まさみ先生っ……」
同僚の顔は見えない。それでも隠せない声色で私を見て絶句しているのだと分かった。
私がしてきた保育士としての仕事の中で、一番誇らしいことをしたと今思っている。後悔はない。生徒を助けたのだ。先生冥利に尽きるだろう。
「まこちゃん……すくすくと育つんだよ……」
私の視界が真っ赤に染め上げられ、見えなくなっていく。意識が朦朧とし、吐き気が襲った。
私は今、たった今、確かに世界が閉じる瞬間を見た。
何も悲しいことは感じなかった。
恵まれた同僚にかわいらしい子供たち、私の夢だった保育士の仕事に就けたし、充実した毎日だった。
心残りだったのは、恋愛を一度もしていなかったことだけれど、私はモテる女性ではなかったし、男性との出会いも余り無かった。
王子様が私をさらってくれる夢をいくつか見たけど。所詮子供じみた夢でしかなかった。王子様か……もしも存在するなら会ってみたかった……な…………。
―――――命の終わりなどいつも呆気ない。
―――――終わりは突然で呆気なかった。
いつ何時、誰が、何処でなんて分からないのだ。
日常が人々を紡ぎ人々が日常を紡ぐ。
ただそれだけ。
"生きる”とはそんな日常から…………
【始まる】
目が覚めるとそこは血の海だった。
真っ赤に染まる一面の赤……赤……赤……。
手元を見ればヌメリとした感触と確かに生きていたであろう人のまだ残る温もり。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁっっつ!!!!!」
私は絶叫し、目の前の壮絶な光景に卒倒してしまった。
「お嬢様、どうか致しましたか!? これは大変! ジョニー!! ジョニー!! ヘレンを呼んできてちょうだい。急いで!!」
遠くから微かに聞こえる人の声に返事も出来ず、目の前が暗くなっていった。ぐわんぐわんと頭の中を揺さぶられるような感覚に襲われ、私はそのまま意識を手放した。
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