第15話 危ういのが難点でして───

「現在、第一門は突破され、第二門も危うい状態です!」


 次の他の兵士が走ってきた。

 現状を伝えるための伝達兵だろう。

 周りは慌てふためき負の感情が漏れ出している。

 もう嫌だだの、帰りたいだの、助けてだの、それを言っているのは一般市民ではなく兵の方なのだ。

 ここ数日この国を見てきて、この国が兵を柔くしていることではないということはすぐ分かった。

 では何故ここまで慌てふためいているのか。それは簡単な話、人間性の問題だろう。

 この国は強力な結界に囲まれているが故にあまり戦闘にならなかった国家だ。

 今の兵士たちの仕事といえば警備と悪人の取り締まりぐらい、か?

 逆にそれしかやることがないほど平和なんだ。

 そりゃ、平和ボケだってするさ。

 この国では兵士が平和ボケしている。

 全員というわけでもない。見たところ若い兵士が中心のようだ。

 要は、若者は平和ボケしている。

 それがこの状況の元凶だ。


「追うよ、今すぐに兵を出したほうがいいのではないでしょうか」


 重鎮のうちの一人、白髪と書いてハクハツと読むよりシラガと読んだほうがしっくりくるヒゲと糸目が特徴の爺さん……………………あれ?あれってゲルニカさんじゃね!?

 そうか、ゲルニカさんだったのか。

 まあ、そのゲルニカさんが王に助言した。


「確かにそうであろう」


 王は束の間の思考時間で結論を見い出した。


「これより、本予定を繰り上げて現時刻からガム本拠地へ乗り込む!皆、心せよ!」


 王のその言葉により、上位の騎士たちはサッと立ち上がり、敵軍へ向けて去っていった。

 それに次いで魔術師、そして下級兵が連なり続いた。


「我々も行きましょう!」


 そう言ったのはカフカだ。

 カフカ率いる軍が最後だったらしい。


「シエルさんは先に行ってください。我々着くよりきっとずっと早いですから」


 カフカに急かされた。


「分かった」


 ルナは俺にギュッと掴まり、新規保有エクストラスキル〈俊足化〉によって大体一秒間に家1〜2軒ほど越える速さで走っていった。


「でもなんでこんなタイミング良く襲ってこれるんだ?」


 そんな疑問を抱いていたが、一向に解決しない。

 大きな国だけあって、街の門に行くにも相当時間がかかる。


「大変なことになってるね」


〈思念通信〉で問いかけてきた辰爾。

 今はそれどころじゃないってこと分かってるだろうに。


「はいはい、嫌味なら後で沢山聞いてあげますからね~」


 サッと流して移動に専念した。


「……………ノリ悪いな……………」


 あとから思うと辰爾、寂しそうだったな。

 ショボンとした顔が目に浮かぶ。


「でも本題は嫌味じゃないんだよね」


 突発的に辰爾が意味深発言をしてきた。

 声色からして嘘をついている様子もない。

 逆に、どこか真剣な様子すら醸し出している。


「じゃあ、なんだ?要件は手短に、な?」


 頭の片隅にだけ残しておこうと思っていた俺に辰爾は思わぬ事を言ってきた。


「なあ、シエル。お前?」


 一瞬心揺さぶられたが、意味不明な忠告にそこまで気にしなかった。

 まあ、一応頭の片隅には置いておこうかな?


「で、このまま真っ直ぐ進めばいいのか?」


〈思念通信〉でカフカからナビをして貰っている。

 意外にもカフカも〈思念通信〉が使えたらしい。

 まあ、エクストラスキルだから持っていてもおかしくはないんだけどね。


「あと少しで第三門です。私たちが向かっている第二門までは直線距離で20キロメートルほどです」


 結構長いな。

 っというか、この国というか世界というか、次元というかの距離の単位ってキロメートルなんだな。

 こちらとしてはありがたい。

 ………………ん?


「じゃあ、なんでさっきの兵士はこんなに早く知らせにこれたんだ?」


 いつの間にか声に出ていた。

 無意識的なのには違いないが、それでも自然に声が出るのは気付くと恥ずかしいもんだよなあ。


「それは簡易転移陣があるからです。一度起動すると数時間は使えませんが、緊急時にはとても便利なモノです」


 俺の漏れ出た問いにカフカが丁寧に答えてくれた。

 案外カフカは面倒見がいいのかもしれないと思った瞬間であった。

 ありがとさん。


「流石に20キロとなると遠いな。頼むから間に合ってくれよ」


 何故俺はこんなことをやっているのか不思議で仕方がない。

 最初は八つ当たりのつもりだったけど、今となってはもう、八つ当たりなんてどうでも良くなってきた。


「カフカ、門が見えてきたぞ」


 目の前に巨大な門が見えたので報告した。

 屋根の上を跳んでいる俺からは遮蔽物もなくよく見えた。


「先に行ってください!この戦、危ういのが難点でして」


 危ういのが難点?

 意味がよく分からない。

 まあ、そんなことよりも早く行ってやらんと俺の八つ当たりが………。

 さっき八つ当たりのことを思い返していたからその気持ちがぶり返してきた。


「ハッ!」


「ギャーー!!」


「ヤメて!」


 なんて声が聞こえるくらいに近くまで来た。

 他にも吐血の音や剣の交わる音、床に倒れ込んだときの鎧の金属音が響いている。

 俺は自由行動だ。

 だから、何をしてもいい。

 というか、何をしようか悩んでいる場合ですらねえ!


「〈呪与の光エンチャントレイ〉」


 やはり呆気ない。

 コイツら、レベルで言うところのどれくらいだ?

 ……………いや、レベルで考えたら駄目だな。

 俺だって格上にレベル大差──魔物にはレベルの概念がないので多分。魔素の量で決めただけ──で勝てたんだから、コイツらのレベルなんて当てにならないよな。

 俺は〈天智慧ヴァルキリー〉さんに人間のレベルに宛ててもらってるからレベルが有るけど、本当はレベルなんて人間の能力指数でしかないもんな。


「これでもまだ一人か」


呪与の光エンチャントレイ〉の弱点、それは単体特化のスキルだから、多勢には不利なんだな。

 でも、今は敵兵さんが俺の周りを囲っている。

 なんて都合のいい……………。


「〈炎陣〉」


 そっと呟くと、俺を中心に円状に炎が広がっていった。

 炎が出現したときの風圧と、炎の絶対的な熱量で敵兵たちはこんがりともう、ウェルダンだ。

 ある意味同情するほどだよ。


「非道の極み………が………」


 まだレア気味だった敵兵ひとりが、死ぬ寸前のほんの一息でそんな事を呟いた。


「すまないね。これは俺にとって八つ当たりなんだ。っというか、ここは戦場だろ?なら非道も何もねえよ。…………俺らからしたらな、襲ってきたお前らの方が非道さ」


 まあ、本当はカフカに八つ当たりすべきなんだろうけど、そうしたら今度こそ罪人街道まっしぐらだからな。

 まだ少しだけ命を現に取り留めている兵士から離れていこうとしたんだが、ふと一つ思いついた。


「ああ、俺を非道と言うならひとつだけ教えておこうか。まあ、これは俺の持論でしかないんだけど───生活の中で人を殺すのは悪徳だが、戦場の中で人を殺すのは美徳、だよ。戦場では強者こそが正義、強者こそが美しいんだよ。理不尽だろ???」


 それだけ言ってその場から去っていった。

 敵兵はもう、死んでいる。

 俺の言葉は聞けただろうよ、多分。

 そのまま真っ直ぐと敵本陣へと攻め込んだ。

 そのころちょうどカフカ率いる軍が後ろについていた。

 俺が雑魚どもと殺りあっているときに進軍してきたんだろう。

 にしても、ものすごい速さだ。

 さすがはセシリア王国最強と歌われる騎士だ。

 まあ、なんでそんな奴が俺なんかに負けたのかは謎なんだけど………。


「シエルさん!あと少しで敵軍本拠地前ですよ!」


 カフカにそう言われてから進みを少しだけ早くした。

 アドレナリンの分泌によるものなのか、身体から一切の疲労感が消えていた。

 それはさっきの戦闘よりも、もっと以前からである。


 それから、敵本陣を前にした。

 さっきよりも金属音と絶叫が響き渡っている。

 俺は、敵の本陣を肉眼に写したとき───、今までに類の見ない吐き気と腹痛、気持ち悪さに駆られた。

 どっと疲労感がぶり返し、身体が崩れ落ちる。

 このとき、辰爾が言っていた言葉の本質を知ったのだ。


 ────


 この言葉は、俺が油断している事を表したんじゃない。

 俺が人として、人の血を見たときに、あるいは人の内側の肉を見たときに、どうなるかについて表していたんだ。

 油断して殺されるんじゃない。

 生理的な問題で動けなくなったところを殺されるんだ。


 俺はこのとき思い知った。

 俺はただの人間で強いわけじゃないコトを。

 騎士……………せめてこのセカイの人間のように戦いに溢れた場所に身を置いていなかったコトを。

 平和ボケしていた俺みたいな一般市民は、医者でもなければこんなグロいものには馴れない。


 カフカの言葉を借りるなら、


  ──危ういのが難点──


 俺にとってこの「危うい」は血と身を見たときの生理反応なんだが………………。

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