「遅いで実ちゃん。そんなに東京と話すことあったん?」


 教室へと戻ってきた実を待っていたのは、先程より不機嫌に見える大阪であった。そんな大阪の様子に、彼の隣にいた兵庫が呆れた顔をする。


「何ヤキモチ焼いてんねんお前」

「ヤキモチなんかやいてへんわ」

「ずっと東京がどうのこうの実ちゃんがどうのここうのて言うてたやん」


 ムキになりつつある大阪に、兵庫ははあとため息をつく。すると、大阪は下を向いて「だって」と言葉を続けた。


「だってな、さっき東京がな、実ちゃんに会えて嬉しいて言うてたんやもん。実ちゃん純粋な江戸っ子なんやろ? なんや今の時代、家系も自分も東京生まれの東京育ちって人そこまで多くもないみたいで······ほんであいつがそんな人に会えて嬉しい言うてたさかい、実ちゃん関東の人なんやなって思うてしもて」


 土地には土地ならではの対抗意識があるのだろうか。下を向いたままそう呟く大阪に、実は思わず笑い出してしまった。彼はなかなか可愛いところがあるらしい。

 すると、突然笑い出した実に大阪がムッとした表情を向ける。実はそんな彼の茶色い瞳をまっすぐに見つめた。


「大丈夫。私は大阪くんも好きだよ。私、関西の方あんまり行ったことないから、今度案内してくれる?」


 そんな実の言葉に大阪は一瞬目を丸くした。しかし、すぐさまその目を輝かせると「約束やで!俺いくらでも案内したる!」とまぶしいくらいの笑顔を見せる。先ほど広島や兵庫が言っていたように、彼は本当に単純で素直な性格らしい。

 しかし、「デートやデート」などと飛び跳ねている大阪に実は戸惑った。今思えば彼らは高校生であり、実は教育実習生である。個人的な約束などをしていいのだろうか。ましてや二人は男女である。あらぬ誤解されたりしないだろうか。

 すると、そんな実の心を見透かしたように「大丈夫やで」と兵庫が答える。


「俺らは生まれつき恋愛感情ってもんを持ってないんで」


「そうなの!?」


 人間そのものに見えた彼らの心の作りも人間とは少し違うらしい。そのことに実は驚いた。


「市民であればどんな人でも平等に愛さなければならない。それが俺らの掟やねん。だから俺らに恋は必要ないんです。それに一国······今やと一都道府県に一人の化身が決まりやから、子孫を残す必要も無い。そんでもって性欲もあらへん。そこだけストンと抜け落ちてるんです」


 彼らの生活は単純に見えて意外と複雑なようだ。でも恋がない人生も味気ないように感じる。それは実がまだまだ若い大学生だからだろうか。

 そんなことを考えていたら、兵庫が「まぁ」と思い出したかのように口を開く。彼らに興味を惹かれていたからか、ボソッと呟かれたその言葉を実は聞き逃さなかった。


「恋愛感情の方に関しては例外も無くはないけど······」


 例外?

 気にはなったものの、未だにるんるん気分な大阪を落ち着かせるために兵庫がそちらへと顔を逸らしてしまった。わざわざ彼を引き戻すのも気が引けるので、実も話題を変えようと質問を投げかける。


「そういや、東京くんからみんなはかなりの長生きだって聞いたけど、歴史の教科書に載ってるようなことも間近で見てきたの?」


「せやでせやで!」


 その質問に答えたのは大阪だった。


「俺、秀吉ひでよしはんと仲良かったし」


「え? 豊臣秀吉とよとみひでよしさん!?」


 実の反応を見て、大阪はどうだと言わんばかりのドヤ顔をする。しかし、その後「うーん」と考え込むと、何かを思い出すかのように付け足した。



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