特別
「今日からこの学校でお世話になります、
ああ、緊張した。
冷や汗をかきながらも、実はどうにか自己紹介を終える。湧き上がる拍手が心臓に響き、今にも破裂しそうな心地がした。
大学の講義の中で人前に立つことを嫌という程学んだはずだが、やはり実際に実習先に来てみると緊張の度合いが全く違う。そこにあるのは知らない顔ばかりで、急に一人だけ取り残されたかのような心地になる。
そう思って再び顔を上げると、ちょうど真ん中あたりにあった見知った顔と目が合った。それに気づいた彼は茶色の瞳を細めると、満面の笑みを浮かべてピースサインを出す。
その笑顔にほっとした実は、やっとのことでステージ上のパイプ椅子に腰掛けた。ギシリと鳴った無機質な音に、やっと地に足が着いた心地がする。やはり彼らと話しておいてよかった。一人二人でも知っている人がいると安心する。
「えー、新原先生は先程の自己紹介でもありましたが、教科は国語科、中でも古典を中心に担当していただく予定です。そしてクラスですが、四組を受け持っていただくこととなりました。えー、他のクラスの生徒も」
朝と変わらぬ低い声。ステージ脇でアナウンスをしているのはひこちゃんこと
その落ち着いた声に冷静さを取り戻した実は少し気になっていたことを思い浮かべる。通常の教育実習といえば二週間から三週間、約一ヶ月弱が妥当だ。実際に、実と同じ大学に通う同級生達もそのくらいの期間で実習することになっている。
しかし実だけは違った。彼女は夏休み明けから冬休みの直前······つまり、三学期制のこの学校でいえば二学期いっぱいという約半年間もの間実習をしろと言い渡された。
正直、実も何が何だか分からなかった。なぜ自分だけが特別なのか。そもそも大学の講義はどうする。単位は? 進級は? そこまで長い実習などまるで留学のようではないか。
しかし実がそんな不安をぶつけても大学の教授たちは口を揃えてこう言った。
-大丈夫。ちゃんと進級や卒業は予定通りできるから。
皆一様に笑顔だった。胡散臭いセールスマンに会った時に似た、歯が浮くような気持ち悪さ。実は当時首を捻ったものの、結局その勢いに押されて実習先に来てしまった。
ならばもう不安は捨てて実習に専念してしまおう。わけは後で全て話してもらえばいい。
心に波打つ不安の中で、実はそう思っていた。
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