「ようこそ我が学び舎へ」

国許高校



「あれ? 普通の学校っぽいけど······」


 東京の外れにある小高い丘。その上にそびえ立つ三階建ての白壁を見上げて、みのりは首を傾げながら呟いた。

 とある大学の教育学部に所属する実は、今日から教育実習生としてこの国許くにもと高校へ来ることになっていた。ここは、実が通う大学の実習先としては長い付き合いを持つお得意様らしい。それが理由なのか、大学の教授たちはやけに笑顔で実のことを送り出してくれた。


 とはいえ、何故彼女がこのような呟きをしたのか。その理由は教育実習が決まった際に教授が放った一言にあった。


「まぁ······少し変わった高校だけど、悪いとこではないから頑張ってね」


 一体何が変わっているのか。

 その疑問とも叫びともとれない感情が、この高校への第一印象となった。しかしながら、そのことを詳しく聞こうとしても、教授たちは「行けば分かるから」と言って一切取り合ってくれない。

 そのため実は不安を抱いた。行けば分かると言われても心の準備は追いつかない。一体何が変わっているのか。一体自分はどこへ向かわされるのか。当時の実の心は、そんな不安と焦りに満ちていた。


 そうして、不安を抱きつつ丘の上までやって来たのだが、当の校舎は落書きや割れた窓ガラスなどがないどころかゴミ一つとして落ちていない。それはいかにも歴史ある落ち着いた校舎に見えた。

 しかし、だからといって格別に古いわけでもなく、ちゃんと最新の耐震工事は行われているらしい。見た目だけで言えば、どこにでもある校舎そのものである。


 なんだ。普通の校舎じゃないか。

 実は再び心の中で呟く。教授たちの曖昧な答えを聞いて、てっきり治安の悪い学校なのだと思っていた。しかしそれは杞憂であったらしい。どこをどう見てもこの校舎は立派なものだ。荒れた様子の欠けらも無い。

 では、どこが変わっているのだろうか。


 そんな疑問に囚われて、実は正門の前に佇み続けた。特に思考も定まらないまま、首だけを傾げて校舎を見上げる。

 すると、背後から若い男性のような声がした。


「ちょっとくらいええやんか。写させたってぇな」


 突然聞こえた関西風の訛りに、実はハッとして後ろを振り返った。

 自身はもちろん、父や母までもが東京生まれの東京育ちという生粋の江戸っ子である実にとって、そのイントネーションはもの珍しい。初めて生で聞いたその関西風の訛りに、実は思わず惹き付けられる。


「あかん。宿題は自分でやらな」


「ええ、厳しいわ。宿題なんて結局写してなんぼやろ」


 その姿は見えないが、どうやら近づいてくるのは二人のようだ。その双方が関西風の訛りをしているものの、声の質はまるっきり違う。片方はハッキリとした明るい声質なのだが、もう片方はどことなく落ち着いている。


 そして、そんな声が近づいてくるにつれて、実はなおさら彼らに興味を持った。おそらくこの声の持ち主である彼らが、初めて目にするこの学校の生徒になるのだろう。そう思うと、どこか緊張はするものの胸の奥がふわふわと弾んだ。


 早くその顔を見てみたい。

 その一心で、実は後へ身体を向けた。

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