第41話『結』

 目を開けると、『空の丘』に戻っていた。しかし、僕を燃そうとする炎は変わらない。

 でも、今の僕には姉ちゃんにかけられたことががある。だから、頑張る。

(『想像創造』『天叢雲剣あまのむらくものつるぎ』)

 無詠唱の『想像創造』だ。

 そうして僕の右手には愛剣が収まり、その刀身は迫り来る炎を斬った。

「僕が負けたくないと思う限り、僕は負けない。だって、姉ちゃんがそう言ったから」

 サリエルは心底驚いた顔をした。

「今の一瞬で何があったのか。興味が湧いてくる。そうじゃないか?セバス」

「ごもっともでございます」

 彼が問うと、突然現れた彼の所有脳獣であるセバスが答えた。

「うん、走馬灯ってところかな?まぁ、何したっておれには勝てないけど」

 と彼は右手を肩の高さに持ち上げた。すると、再び炎が勢いを増す。

 しかし、僕がもう一度剣を振るうと『空の丘』を埋め尽くしていた炎が全て消えた。

 サリエルはあり得ない物を見るような目で僕を見た。

 そして僕もまた、あり得ない物を見た。

 アヤがいた。さっき見た死体ともう一人。

 そもそもおかしいはずなのだ。脳内世界では死んだら身体は消滅する。死体がその場に残ることはないのだ。しかし、その時の僕はそう思いこんでいた。これがサリエルの隠された脳力。

認識にんしき』である。

 ないものをあるように認識させ、あるものをないものと認識させる。

 丘を覆う炎もアヤの死体も死体が残ることへの常識も、全て僕の誤った認識だったのである。

 しかし、事実を知ったのなら問題はない。

 そもそも、神から『誤認識』の対処法は聞いていたのだ。なのに、それさえも知らないものと認識していた。厄介なものだ。

 『誤認識』の対処法。それは正しいことを知ること。

 炎と死体は幻だと、脳内世界では死体が残らないのが常識だと、対処法は知っていると、認識する。

『誤認識』とは、認識を別の誤った認識で上書きする脳力である。だから、正しい認識でさらに上書きすればいいのだ。

 思い込みの力だ。

 その力は強い。プラシーボ効果はその極端な例だろう。

 脳戦士は、その力をも自由に操る。

 例えば、『クサナギは姉のユイよりも弱い』これは僕自身を含めた全ての脳戦士の認識であり、僕自身も疑わなかった。なのに、姉ちゃんは僕に言ったのだ。『僕は、姉ちゃんよりも強い』と。だから、僕は認識を上書きできた。

 本当に姉ちゃんは僕が一番欲していた言葉をくれた。流石だと思う。

 よって、今の僕の認識は僕の方が姉ちゃんより強い。であり、それは、姉ちゃんの扱えた技を僕は全て扱えなくてはいけないと言うことだ。

 僕は接近戦が苦手だ。一番近くに接近戦のプロ姉ちゃんがいたから、比べられるのが嫌でその道を断念した。

 しかし、姉ちゃんを越えるということは接近技の解放をも意味する。

 断念したと言っても、はじめから諦めていたわけではない。姉ちゃんを越えられないと気づくまでの数ヶ月間、姉ちゃんから技を教わっていた期間が存在する。

 『ゆい』を教わっていた期間が最も長かったと思う。姉ちゃんが生み出した七つの剣技の内、僕が唯一習得できなかった技だ。


 剣を振り上げながら距離を詰める。間合いに入った所で体を180度回転させて飛び上がり、バク宙しながら切先を下に向けて相手の左肩を切る。そのまま流れるように左肩から背中を斜めに切り、右の横腹を越えてお腹から左肩に向けて剣を振り上げる。その時にジャンプして、相手の左肩の上を通って背後に回る。すると、相手の肩に交差した傷口ができる。そして背中から相手の心臓を一突き。

 ポイントは、最後の突き以外は浅く切ること。

 切先で相手の体に糸を巻きつけるように傷をつけ、作った輪に剣を突き刺すことによってまるで赤い糸を相手の体にむすんでいるように見えることから『結』と名付けられた。


**********


 想像創造した案山子かかしに僕は向かい合う。手に天叢雲剣をしっかりと握りこの案山子を殺す覚悟で叫ぶ。

「喰らえっ!『結』」

 僕の剣は案山子の肩より少し上の空気を切った。そのまま僕は地面に落ちて、剣が『空の丘』の土に突き刺さる。

「それじゃあダメだよクサナギ!もっと綺麗に結ぶイメージをしないと」

 それを見ていたユイが叫ぶ。

「分かった!もう一回!」

「頑張ってー!」


「『結』!」


「『結』!!」


「『ゆーい』!!!」


「はあ…はあ…」

「おつかれ、少し休もうか?」

 姉ちゃんが僕に缶ジュースを差し出す。そんなものここにはないはずなのに。

「姉ちゃんは『想像創造』も剣も上手いなー。凄いよ」

 僕の言葉を聞いて姉ちゃんは少し嬉しそうに頬を赤らめると笑った。

「ありがとう、クサナギも頑張んなくちゃね」

「うん、それでさ…もう一回見せてくれるかな?」

「分かった!」


 姉ちゃんが案山子に向かい合う。手に天羽々斬をしっかりと握りこの案山子を殺す覚悟で。

「『結』」

 とても優しい声でそう言うと、案山子に向かって切りかかった。宙を舞う姉ちゃんは、そう。例えるなら天使だった。それくらい、綺麗だった。

 案山子の背中に姉ちゃんの天羽々斬が突き刺さっていた。そして姉ちゃんはこちらを向いて言った。

「さあ、クサナギの番だよ!」


**********


「『結』」

 成功したことはない。これができなかったから、僕は接近戦を諦めた。剣を伸ばすという戦闘スタイルはそうして生まれた。劣等感だ。僕は姉ちゃんより劣っていた。それだけ。

 でも今の僕は姉ちゃんよりも強い。

 他ならぬ姉ちゃんがそう言った。

 だから僕には『結』が使える。

 それが僕の認識だ。

 剣を振り上げ、勢いよく駆け出す。型の通りに体が動き、僕の剣が彼の体を走る。

 左肩。背中。右腰。お腹。左肩。そして心臓。

 この技の利点は相手を動けなくさせるところだ。この技は、脳を支配する。脳内世界で生きていけるかどうかは気持ちが全て。想像力だ。

 だから、体を締め付けるように血の糸を巻きつけられたら、人は動けないと錯覚する。自らの想像力で、動けないと思い、体に負荷をかける。僕らはそれを『想像負荷』と呼ぶ。

 姉ちゃんの編み出した『結』は、十二ある『想像技法』の一つを強制的に起こすのだ。でも、効果があるのはたった数秒。しかし、それで十分。

 サリエルの体が消える。

 僕はアヤのいる檻に向かって走り出した。強引に切り壊して彼女を救出する。アヤは迷わず僕に抱きついてきた。そして[ありがとう]と何度も言った。


 これで終わりなら、今後の僕の人生はもう少し楽になったと思う。


 僕は気づいたのだ。

 燃え盛る炎はサリエルが見せた幻。

 アヤの死体はサリエルが見せた幻。

 なら、サリエル自身は?

 僕は素早く剣を構えた。

 そして、飛んできた天羽々斬を弾き飛ばした。きっと、姉ちゃんのお墓に使っていた剣を、サリエルが投げたのだろう。

 天羽々斬は砕け、天叢雲剣も刀身半ばほど残して折れた。

 砕けてしまった姉ちゃんの愛剣は僕では直すことはできないだろう。

 しかし、天叢雲剣は僕の愛剣だ。毎日握り、毎日振っている。造るのは容易い。だから折れても何度でも造ってやる。

「『想像創造』『天叢雲剣』」

 第二ラウンドだ。

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