第15話『仲間との別れは感謝の涙と共に』

[明日あすまた来る]そう言い残してアヤカのお父さんこと『オリヴァー』とルージュは帰っていった。

 アヤの傷は、ルージュと僕の『想像治癒』ですぐに治った。でも、アヤカは喉の傷を治してもまだ目覚めない。きっと『封印の魔法』とやらが効いているのだろう。

 隠れ家のアヤの部屋のベッドにアヤカを寝かせて、僕らは二人だけで机を囲む。『隠れ家会議』とまではいかないが、二人だけの臨時集会だ。

「明日。アヤカがいなくなる。イギリスだから、会いに行くのも難しい。それまでに、やっておきたい事はある?」

「...私たちが出会ったのって、中学校の入学式の日だったわよね?」

 質問に質問で返される。

「うん」

 でも、答えた。普段なら[質問に答えてよ]とか言ったりするのに。だって、反論する心のゆとりが僕にはなかった。きっと、アヤも...。

「それで、私に所有脳獣がいないって聞いたあなたが驚いて、私に[いた方がいいよ]って言って、そのあとすぐに、アヤカと出会った」

「うん」

「今は十一月。アヤカと出会ったのが四月の半ばだったからもう...」

「一年と七ヶ月」

 僕は答える。数学の出来を自慢している場合ではないのだが...

「もうそんなに時を重ねたんだね...」

「おばあちゃんみたいな事言うなよ」

「ふふっ。そしたらあなたはおじいちゃんね」

「幼稚だな。本当に脳戦士なのかよ」

 僕は気づいた。

(こういう時だからこそ、ツッコんで笑わせてやらないとな...)

 僕は無理矢理心にゆとりを作って、アヤとの雑談に花を咲かせた。


 そして、一時間が経った。

「楽しそうね」

 誰かが声をかけてきた。

 振り向くと、アヤカだった。

「もう平気か?」

「うん。おかげさまで」

 僕の質問に無理矢理笑顔を作って答えるアヤカ。そして、アヤが口を開いた。

「...アヤカ」

 心配そうに。謝るように。簡単に壊れてしまうものに対する優しい声が吐息のように口から漏れた。

「私なら大丈夫だから。ありがとうね、アヤ。カッコよかったよ」

「明日、オリヴァーさんが来る。それまで二人でゆっくり過ごすといいよ。僕たちはもう行く」

 そう言って立ち上がる僕の服をアヤが引っ張った。まるで、『行かないで』と言うかのように弱々しい目を僕に向けた。

(僕に出来る事なんて、何もないんだけどね...)


 それから夕食の時間になるまで話した。三人で思い出話をした。

 僕らの出会い。最初の共闘。

 アヤカの知らない話をした。

 イギリス時代のアヤカ。そこからの家出。

 アヤの知らない話をした。

 バレンタインの思い出。小学校時代のアヤ。

 僕の知らない話をした。


 夕飯の時間になって、一旦帰った。そのまま入浴や歯磨きを済ませた。

 そしてまたすぐに戻ってきて、みんなの知っている話をした。

 そして、部屋の時計の全ての針が重なった。

 今日、アヤカは日本を去る。オリヴァーさんのことだから、もう戻ってこないかもしれない。

 それでもアヤは、さっきの質問の答えとして、『最後にみんなで話をしたい』を選んだのだ。なら僕は、それに付き合う義務がある。それで、アヤとアヤカの気持ちが晴れるならば、僕はいつまでだって付き合う覚悟だ。


 でも、楽しい時間はずっとは続かない。出会いがあれば別れもある。今じゃなくてもいつかある。

 僕はそれを、身をもってよく知っている。


 同日正午。

「来たぞ」

 その声と共に、神が隠れ家にやってきた。

(月から迎えがきたかぐや姫に似ているな)

 と少し思った。でも、僕らは抵抗しなければ、アヤカはイツキに不死の薬も送らない。

「こんにちは。私は、ずっとこの日を楽しみにしていたんだよ。アヤカとオリヴァーたちが再開できて嬉しいよ」

 イギリスのルージュさんもいた。そして、その後ろからくだんの二人が現れた。この日はお父さんだけでなく、お母さんも来た。

 お母さんの名前は『シャーロット』と言うらしい。

「行くわよ。メアリー」

 アヤカは歩き出す。一歩進んで振り返った。アヤは無理矢理笑って手を振る。それを見たアヤカはまた一歩進んだ。そして、また振り返る。それを見かねたアヤが叫ぶ。

「さっさと行けっ!アヤカ。お、お前は弱いんだよ!弱い脳獣はいらない。早いとこイギリスでご両親に鍛え直してもらえよっ!早く行って!それで早く帰ってきなさい。戦力になるまで待ってるから!」

 思いっきり叫んで声が裏返っていた。文面だけ見ると罵倒ばとうの嵐だけど、無理矢理アヤカのために言っているのが伝わる声だった。きっと、アヤカにも伝わっていただろう。

 アヤカが扉をくぐる。最後に神が残った。そして、少し悲しそうな顔をして

なぐさめてやれ。それが今俺が君に課す課題だ」

 と言って帰っていった。

 隠れ家に僕とアヤだけが残った。アヤはずっと下を向いている。僕はしゃがんで彼女の顔を覗き込む。すると僕の頬がれた。

「...アヤ」

 僕は驚いたような声を上げる。

「...岳流。岳流ーっ...岳流。ヒック。岳流、岳流ー!」

 脳内世界で本名を呼ぶのはご法度だ。それでも、この時は許した。

 だって、涙を溢れさせながら僕に抱きつく少女に声はかけられないからな。

(はげましてあげよう。僕が、責任を持って弥生を元気付けよう)

 そう決意した。そして、そのチャンスはすぐにやってきた。


 アヤカの帰国まであと365日

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