第7話『ヴァンパイア現る』

 それからしばらく経った。アヤも千の塔にやってくるようになったし、学校でも、相変わらず友達は作らず、一人で過ごすものの、僕とは話す。まあ、平常運転だった。

 そして僕たち脳戦士を取り仕切る脳戦士『脳皇のうおう』直属の脳獣『神』の一体が僕らの隠れ家にやってきた。強い僕らに強敵退治の依頼をしに来るのだが、まあいつものことだ。

「お久しぶりですね、神。お元気でしたか?三ヶ月前の『スーミシー事件』以来ですか?」

 お茶を出しながらアヤが言った。

「そうかもしれないな」

 神が言った。この脳獣は『神』であって決して『神様』ではない。自らが『神』を名乗るのだ。その意味はよく分からないが、多分(セイ達のような)『神型』脳獣のように『神的』な強い力を持っているわけではなく、『管理の象徴』が『神』だったから『神』を名乗っているだけで、そこまでの力はないと見た。だから『様』をつける必要はない。ということか。

(まあ、神話では世界の創造者は神だからな)

 と思いつつ、本題からはそれない。

「で神、今回はどんな脳獣ですか?」

「クサナギ、アヤ。近頃『血が吸い取られていく』と叫びながら死亡する事件が多発しているんだ。これは脳獣の仕業だと俺は睨んでいる。調査及び捕獲または退治よろしく頼むぞ」

 と分厚い参考資料を置いて帰っていった。

「まったく、神も無責任だな」

 と言いながら資料に目を通す。どうやら『ヴァンパイア』の脳獣が現れたという情報があるらしい。各地でその目撃情報がある。しかし、最近は東京郊外僕らが住んでいるようなところで増えているようだ。

「しょうがないわよ、神達だって忙しいんだろうし」

 とはいえ、簡単に用件だけ言って帰るのはどうかと思う。

「てか何で僕たちなんだよ」

 僕は思っていた事を口にする。それに対して、

「これじゃないの?」

 アヤはそう言って資料の一部を指差す。

『今件にはヴァンパイアの脳獣が関わっている可能性がある。過去の『西洋妖怪型脳獣』はどれも強い個体であり、退治は困難を期した。そのため、今件も同等の強さである可能性が高い。』

「でもこれは強い脳戦士なら誰でもいいのでは?」

「次にこの資料」

 次にアヤが指差したところを僕は読む。

『ヴァンパイアの発生状況は極めて異例で、仲の良いカップルが夜道を歩いているとまず男が貧血を訴え、その後血が吸われているという感覚に陥る。そして男は死亡、それを見て慌てている女の『意識』が奪われるという事例が八割を占める。』

「これだね。つまり男女ペアでやれ。と」

 僕は納得した。

「うん、でも何で八割なんだろう?」

「死亡しなかった人がいるんじゃないのかな?」

「なるほど。でもこれが私達のところに来たってことは神や脳皇達も私達が比翼連理ひよくれんりのカップルだって認めてるってことだよね」

(アヤが喜んでくれてよかった)

 その後もしばらく資料を読んでいたが、気になった記述があってアヤに見せる。

「ねえアヤ、これ読んで」

「ん?何?」

『今件の死の主な要因である死亡のメカニズム

 1.男性が貧血を訴え、血が足りないと脳が判断

 2.脳が命令を出し、心臓が、足りないところに勢いよく血液を送る

 3.しかし、実際に血がなくなっているわけではないので、勢いよく集まった血の多さに血管が耐えきれず、破裂する

 4.そのまま、大量の内出血で死に至る』

「「......」」

「でも、大丈夫だよ。分かっていれば。脳獣のせいだって分かっていれば想像でカバーできる。だってクサナギだもんね」

「...そう。そうできれば良いんだけど...」

 そしてあと一つだけ問題がある。

「でもこれ夜だよ、親に事情話すわけにもいかないし」

「抜け出す」

 アヤは自信満々に言う。

「できるの?」

 僕は問う。

「人は努力次第で何でもできるのよ」

 アヤはドヤ顔で自信満々に言い放った。『人は努力次第で何でもできる』か。『佐々木岳流の脳内名言集』に追加しておこう。


 同日、深夜11時50分。もうすぐ明日になる頃、肌寒い冬の風を全身に受けながら、僕は弥生の家の前にいた。

(何、斜向はすむかいだ。どうって事はない)

 そんな事を考えていたら、パジャマに厚手のコートを着込んだ弥生が扉を開いて現れた。

 今まで読んだ小説の中に、いくつか『彼女のパジャマ姿が見たい』というものがあったが、その意味を今ようやく理解した。まあ、付き合ってはいないのだけど...。

「こんばんは、さあ寒いからさっさと倒して帰りましょう」

「ああ、そうだね。それがいい」

 正直僕はもう限界だった。

「寒そうね、防寒着取ってくる?」

「いいよ、そんなことしたら弥生を待たせちゃうじゃん」

「いいの!私が寒いのなんてどうにでもなるから。私は岳流が寒そうにしてるのが見たくないから」

「そう?...でもいいよ」

「...じゃあこうする」

 そう言って弥生は僕の手を握る。手袋越しの弥生の手が暖かかった。

 そんな事をしていたら、事件は唐突に起こった。

“仲が良いな、我には仲間がいないのに、何故なにゆえお前らには...。気に食わぬ。その血をよこしてもらおうか”

 声ではない声が僕の耳にこだました。否、これは脳に直接呼びかけてきた。

「来るっ!」

「何よ。夜道を歩いてなくても仲良さそうにしてれば来るんじゃない」

「そうだ...ねっ...」

 バタン

と僕は地面に倒れ込む。

「岳流⁉︎」

「...大丈夫だよ。ちょっと目眩がしただけだから。想像でなんとかするから」

 そう言って立ち上がる。

(正直寝たい。頭がクラクラする。でも、僕は元気。僕は元気。僕は元気。僕は元気。僕は元気。僕は元気...)

 そしてまた声無き声が響く。

“ほう...我が力に耐えるか。いいだろう二人まとめて我が城に招待しようではないか”

 今度はきちんと聞こえた。

「バイヤより申請,強制入場,常夜の城」

 二人の体はお互いに寄りかかるようにして座り込んだ。

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