第30話 歌の力?

「うげっ!」

 赤髪のセミロングのエルマは咄嗟に耳を塞ぐ。

 山中に響き渡るバラード調のリズムと透き通った歌声。

 自警団の屈強なメンバーは、歌声に驚きつつ、険しい表情が和らいでいく。

「愛の詩だ。でも、なんかすごい、力が抜けていくような感じだな」

「あぁ」

「綺麗な声……ふわふわしてきた」

 武器をしまい、警戒することなく歌声に導かれている。

「ああくそ!」

 エルマは両耳を塞ぎながら駆け出す。自警団を置いて、どんどん山を下る。

 耳を塞いでも聞こえてくるほどの距離。

 エルマは瞼を思いきり閉ざして、

「歌うんじゃねぇぇええぇぇ!!」

 喉が枯れる勢いで叫んだ。

「ひゃぁぁぁぁ!」

 応えるように悲鳴をあげた少女の声。

「エルマ!? アンタ、何やってるんだい?」

 背丈があり、体格もよく強靭な筋肉をもつ女性カロルは目を丸くさせた。

 しゃがみ込んで頭を守る体勢に入ったのは、金髪碧眼の少女、リリィ。

 細い赤いリボンで後ろに髪を結い、長袖ワンピースに革ベルトを巻いている。

 露出している肌は擦り傷や、土で汚れている。

「……探してたってのに、陽気に歌いやがって!」

「す、すみません」

「すまない、私がお願いしたのさ、だからリリィに辛く当たるんじゃないよ」

 そっぽを向くエルマは腕を組み、軽く唸った後、リリィを見下ろす。

「……無事なら別に。よく軽傷で済んだな?」

「あ、その、メイさんが偶然山を通っていて、馬車がクッションになったみたいです。それで助けていただきました」

「アイツなにやってんだ……まぁいいけどさ。野盗共全員魔法でぶっ飛んで木っ端微塵になっちまった。自警団の奴らは無事だぜ」

 その報告にカロルは胸を撫で下ろす。

「ありがとうエルマ。結果はどうあれ、野盗は全滅。町に戻ったら報酬を渡すよ」

「あぁ。ほらリリィ立て」

 しゃがんでいるリリィに手を伸ばす。

 エルマの手を握り、感謝を零して立ち上がったリリィは微笑んだ。

「なんだよ」

「……あ、その、エルマさんも無事で良かったなって。その、嬉しくて」

「……当たり前だろ、お前みたいに華奢な体じゃねぇからな」

 白く透明な素肌にできた擦り傷に目線を落とすエルマは、自らの鍛えた筋肉がついた上腕と交互に見比べた。

「リーダー!」

「カロルー」

 遅れて合流した自警団に呼ばれ、カロルは手を大きく振って返事をする。




「はぁ!? あの野盗を町に迎えるつもりか?」

 復興中の町で待機していた自警団のメンバーはカロルの発言に目を丸くさせる。

「この町を襲ったこと、私の友人や家族に手をかけたことは許されることではないのは分かってるさ。けどね、野放しにすれば繰り返す。同じ悲しみを増やさない為には必要なことさ」

「だからってこの町でしなくてもいいだろ!」

「仕事もなければ、食料すらまともにない他の町や村で誰がよその帝国人を受け入れるんだい?」

「恩人とかそういうのは忘れろ、あいつは残忍な人殺し、処刑されるべき悪人なんだよ!」

 カロルと一緒に前線にいたメンバーは見兼ねて間に入る。

「おい、リーダーが決めたことだ。納得できないなら自警団を抜けるんだな」

 カロル率いる自警団は、エルマとリリィを置いてけぼりに騒ぐ。


「報酬どころじゃねぇな。これもお前の歌のせいじゃねぇの?」

「そんなぁ……どうして」

 困ったように眉を下げ、リリィは胸に手を寄せる。

「知らね。それより、港に戻ったらソフィアに問いただすぜ。あんな自爆魔法書を渡しやがって、アイツ最初からリリィを殺す気だったな」

「ソフィア様が?」

 悲しそうに俯くリリィ。

「妬いてんじゃねぇの、オレと仲良くするやつのこと大体嫌いらしいからな。それでもこれはやり過ぎだ、さすがに許せねぇよ」

「あ……」

 不気味なソフィアの言葉を思い出したリリィは納得する。

「おーい、取り込んでるところ悪いけどそろそろオレら、港に戻るぜ」

 言い合う自警団に声を割り込ませた。

 


 報酬のゴールドが入った小さな箱を受け取ったエルマは馬車で待つ王国兵に渡して幌がついている荷台へ。

「よし、港に戻るぞ」

「は、はい」

 エルマが先に乗り、リリィに手を差し伸べた。

「ありがとうございます」

 リリィは感謝を言って、手を掴んで荷台に乗り込んだ。

 座席に腰掛け、まだ黒焦げが残る町を眺めた。唯一新しく建て直した一軒。

 見送る者はおらず、静かな山里だというのに騒がしい空間に包まれていた……――。

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