第103話 不思議な夜

 フローレンス伯爵の別荘でいただく夕食。

 俺たちは数々の海鮮料理に舌鼓を打ちながら、賑やかな夜を楽しんだ。




 その日は屋敷の二階にある客室で寝ることとなった。


「ふあぁ~……そろそろ寝ようかな」


 ふかふかの巨大ベッドに腰を下ろし、就寝しようとした――その時だった。

 コンコン、と部屋のドアをノックする音がする。


「? 誰だ?」


 ドアへ向かって声をかけると、


「あたしよ」


 声の主はイルナだった。


「イルナ? どうしたんだ?」

「非常事態よ。悪いけど、静かに部屋から出てきてくれない?」

「! わ、分かった」


 緊張感をにじませたイルナの声。

 これは本当に只事でないようだ。

 昼間の視線の件もあるし……一体何があったっていうんだ?

 俺は部屋のドアを開けてイルナと合流する。

 声だけじゃなく、表情まで険しいイルナは俺の姿を捉えると腕を掴んで廊下を歩きだした。


「お、おい、何があったのか教えてくれよ」

「……嫌な気配を感じたの」

「気配だって!?」

「しっ! 声が大きい」


 イルナは人差し指を口元に近づけて静かにするよう伝えてきた。


「まずは目的地に着いてからよ」

「わ、分かった」


 まずはその気配を感じたという場所まで移動することに。

 ただ、そうなると、


「他の三人を起こしてきた方が――」

「その必要はないわ」


 食い気味に否定された。

 

「あくまでも様子見に行くだけよ。何もなかったのならそれでよし。遊び疲れてもう寝ちゃっているだろうし、起こすのも悪いわよ」

「ま、まあ、そうだな」


 一理ある。

 イルナもそうだったけど、だいぶはしゃいでいたからな。


「さあ、こっちよ。急いで」

「あ、ああ」


 なぜか急かすイルナに背中を押されながら進んでいくと、ある部屋の前でピタリとイルナの足が止まった。


「ここよ」


 イルナの目の前にはドアがある。

 そこは、


「……トイレ?」

「そうよ。私が中の様子を見てくるから、あなたはここにいて」

「えっ?」

「決してドアの前から――そこだと近すぎるわね。もうちょっと離れていて。そこの窓の前くらいまで」

「イルナ?」

「いいわね? 私が出てくるまでそこから動かないこと。それから、私が中から呼びかけたらすぐに返すこと。いいわね?」

「あの」

「い、い、わ、ね?」

「……はい」


 なぜか頑なに指定した場所から動くなと強要される。

 もしかして……ひとりでトイレに行くのが怖くて俺を連れて来たのか?

 

 ――いやいや。

 そんなことあるわけないか。

 だってイルナはあのSランクパーティー・《霧の旅団》のリーダーであるリカルドさんの娘なんだ。そんな子どもっぽい理由で俺を呼びだしたりはしないだろう。


「フォルト、いる?」

「いるよ」


 イルナの指定した場所に立ちながら、出てくるのをジッと待つ。

 と、その時、


「うん?」


 廊下の先。

 突き当りになっているそこを、誰かが通過したように見えた。


「なんだ? メイドさんか?」


 しかし、何か様子がおかしい。

 不思議に思った俺は、人影の見えた地点まで移動することにした。

 やっぱり……この屋敷には俺たちに隠された秘密があるのかもしれない。

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