第48話 対面

 メイドさんの案内で中へ入る。

 内装もいたって平凡なもの。

 取り立てて高価な代物はなさそうだ。

 それなのにメイドさんを雇っている―――なんだかちょっとアンバランスだな。


「か、変わった内装ね」

「ほ、ホント……」

「どこか趣がありますよね」


 イルナ、ミルフィ、ジェシカの三人は興味津々といった様子で辺りを見回している。


「こちらです」


 メイドさんのあとを追って、俺たちは二階にある一室の前までやってきた。この先に、鍵士バッシュがいるようだ。


「ご主人様、フォルト様御一行がお見えになりました」

「そうか。通してくれ」


 扉の向こうから聞こえてくる声はたしかに若々しいが、どこか威厳というものを感じさせる迫力があった。


「かしこまりました」と、メイドさんが主人の命令に従い、扉を開ける。

広い室内にある執務机の前に、その男は立っていた。


「君が噂の解錠士アンロッカーか」


 現れた男性。

 年齢は……二十歳くらいか。

 思っていたよりも細身で、色も白い。そして何より若い。あと、鋭い眼光に金髪のリーゼントという見た目から、ちょっと怖さがある。

 

「フランの婆さんやワルドのおっさんが注目しているって話だったからどんな強面かと思いきや……普通の男じゃねぇか」


 俺を見るや、なぜだかがっかりした様子のバッシュさん。

 早速だけど、本題に入らせてもらおうかな。


「あ、あの」

「うん?」

「どうして俺を捜していたんですか?」

「っと、そうだったな。用件を伝えないと」


バッシュさんは金髪リーゼントを両手でくいっと整えて、


「俺はな……解錠士アンロッカーの立場をもっと見直すべきだと考えているんだ」


 おもむろにそう語り始めた。


「立場を?」

「そうだ。解錠士アンロッカーの持つ力は特別だ。誰だって使える代物じゃない。解錠士アンロッカーの力がなければ、人々の生活はままならないからな。――だからといって、それを理由に依頼人から法外な報酬を要求し、私腹を肥やす……俺はそれが我慢ならねぇんだ」


 その瞳には怨嗟の念が込められている。

 バッシュさん自身も、過去に解錠士アンロッカー絡みの辛い過去があるのかな。


「俺たちの力は、もっと多くの人のために使うべきだと思っている。無償でやれと言っているんじゃない。ただ、必要以上に金を取らなければいいんだ――ていうのが、俺の自論でよ」


 照れ臭そうに鼻っ面をポリポリとかきながら、バッシュさんは言い切った。

 その横ではさっきのメイドさんはパチパチと手を叩いて微笑んでいる。きっと、そうしたバッシュの優しさにひかれて働いているんだろうな。


 ……この人なら、あの鍵の話をしても大丈夫かな。


「バッシュさん」

「あん?」

「この鍵について、何か知りませんか?」


 俺はバッシュさんへあの鍵を差し出した。

 イルナたちは驚いたようだが、三人も鍵の正体を知りたいという気持ちがあるらしく、その行為を受け入れてくれた。


「? その鍵がどうした?」

「実は――」


 俺はこれまでの聖窟での出来事を通して得たこの鍵の能力について詳しくバッシュさんに説明した。


「ほう……あらゆるレベルの鍵を、ねぇ」


 しばし鍵を眺めていたバッシュだったが、ある一点を見つめたまま表情が固まり、そして、


「ちょっと待ってな」


 俺に鍵を返すと、室内に並べられた本棚で探し物をし始めた。

 しばらくして、


「あった! これだ!」


 突如大声を出したバッシュさんが持ってきたのは絵本だった。古書を集めるのが趣味だというバッシュさんが偶然手に入れた品らしい。その表紙に、


「「あっ!」」


 たまらず、俺たちは驚きの声を漏らす。

 絵本の表紙には、ひとりの少女が描かれているのだが――その少女こそ、俺の鍵に描かれている少女であった。おまけに、その少女は大きな鍵を手にしていて、その鍵の形状も少女の横顔が彫られているという点をのぞけば、俺の持つ鍵とまったく同じデザインだった。


「これは創造の女神リスティーヌがこの世界を創るまでの苦悩をテーマにした絵本だ」

「は、初めて見ました……」


 読書好きらしいジェシカも初見らしい。


「だろうな。こいつは俺の故郷である南部の国限定で、わずか数週間しか本屋に出回らなかったレア物だ。なんでも、作者が発売直後に急死してしまい、縁起が悪いと各書店が自主的に廃棄したって噂だ」


 まさに曰く付きの本ってわけか。


 バッシュさんの許可を得て、俺たちはその本を読んでみた。

 ページは十三と多くはないのですぐに読み終えた。

 内容はこんな感じだ。


 昔々、創造の女神であるリスティーヌがこの世界を創った。ある時、女神は自分の創った世界をもっと間近で見たくなって、地上へと降り立った。その際、彼女は冒険者をしているひとりの少年と出会う。その少年と交流を続けているうちに、ふたりは恋に落ちた。女神は自分の女神としての力を少年に託し、女神ではなく一人の少女として少年と共に生きていくことを決意したのである。


 ここまでの展開はよくあるおとぎ話。

 問題はここからだ。


 女神の祝福を一身に受けた少年は性格が一変してしまう。すべての願いが叶う鍵を手に入れたことで、傍若無人な振る舞いが目立つようになった。そんな彼に愛想を尽かせた仲間はひとり、またひとりとパーティーを抜けていった。そして、とうとう少年と女神のふたりだけになってしまう。かつて、女神が愛した少年の面影はなく、酒に溺れて暴力を振るうまでに落ちぶれた。女神は、自分が力を与えてしまったせいだと嘆き、いざという時のために残しておいた女神の力を使って少年の持つ鍵を封印し、人々の前から姿を消した。


 ――これが、絵本のシナリオだ。


「……なんか、子ども向けにしてはヘビーな内容ですね」

「まあな。だが、ここに載っている鍵と、おまえの持っている鍵が同じデザインというのはなんだか引っかかる」


 バッシュさんの言う通りだ。

 この絵本の作者は、俺の持つ鍵を以前どこかで見て、それをもとにしてこの絵本の挿絵に使ったのだろうか。


 ……ともかく、この絵本が大きなヒントになっていることは間違いなさそうだ。

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