「マリッジブルー」

サカシタテツオ

□マリッジブルー

 付き合って四年。この秋にプロポーズされた。

 もちろん嬉しくて泣きそうになりながら、はい。よろしくお願いします。

 なんて簡単にOKしてしまっていた。


 「はぁあああ・・・」

 ーー早まっただろうか?


 私は今年29才になった。家族は婚約までが長過ぎて心配だった、なんて言いいながらも喜んでくれている。


 だけど今、私の気持ちは沈んでいる。話には聞いていたけど、まさか自分が体験するとは思わなかった。

 典型的なマリッジブルー。



 彼の事は大好きだ。付き合って4年たっても変わらない。

 そりゃ少しは嫌なところとかあったりするし、ケンカだって繰り返してる。だけどキライになるなんて事はない。そんな事はまったくないのだ。


 だから余計に自分の心が気持ち悪い。

 気持ち悪くて信用ならない。

 どうしていいかわからない。どこにも吐き出せない灰色の自分。


 彼は背が高いのに、ややぽっちゃりして見える。

 だけどそれは全部筋肉。ラグビーで鍛えあげられた闘える筋肉。優しげな風貌からは想像できないだろうけど、闘う彼はとてもカッコ良かった。


 彼は仕事とプライベートはきっちり分けて行動してくれる。

 できる範囲で私を優先してくれる。旅行のプランを考えるのが趣味だったり、小さいけれど家庭菜園を始めていたりして、可愛い人でもあるのだ。


 そんな彼との結婚に不満なんてないハズだった。だけどなんだろう。どうしてもモヤモヤする。



 原因は彼ではなく、きっと私。

 私自身にあるのだ。



 私は背が高い。

 ラグビーをしていた彼と並んでも目線の高さはほぼ同じ。178センチ。ウソ。179センチ。180センチの彼と1センチしか変わらない。


 小さな頃から悩んでいた。


 色白でヒョロっと背が高く、メガネのおかっぱ。

 運動が苦手で口数も少なかった。あだ名はキツネ子。メガネを外すと目が小さく見えるから。悪意が無いとわかっていても、心の底ではそのあだ名を受け入れる事は出来なかった。



 10代後半になり、受け入れたわけじゃないけど、それなりにキツネ子というあだ名を受け止めていた私は高校の修学旅行で自分からキツネのお面を被りルームメイトを本気でビビらせた。それはキツネにまつわる事では数少ない楽しい記憶。



 大人になってからは顔には出さないけれど、やはりどこか不安だった。

 ヒョロっと背が高く、キツネのような印象の自分を他の人達は本当に受け入れてくれているのか? 演技ではないのか? なんて思う日もあった。


 そんな私を愛してると言ってくれる。大好きと言ってくれる。そんな彼の事がキライなハズがない。今もどこか彼の事を『神様の使い』じゃないのかなんて思ってもいるのだ。



 婚約した事を報告すると友人達はお祝いしてくれた。


 「キツネ子が大きなたぬきと結婚かあ」

 そのコトバに悪意はない。わかってる。

 私だって彼の第一印象は大きなたぬきだったのだ。


 「たぬきにキツネが嫁入りってお伽話の世界みたい」

 私もそう思った。

 私を迎える物好きなんて『もののけ』か『山の神様』かって言って笑った。


 「キツネの女王にたぬきがひれ伏す感じかも?」

 やや悪ノリな発言にカチンときたけど、その様子を想像して笑ってしまったから、きっと自分も同罪だ。



 きっと彼は化かされているのだ。

 私の化けの皮が剥がれたら彼はきっと落ち込み後悔するハズ。

 そして私は置いて行かれる。




 「そんなに俺と一緒に居るのがツライ?」

 彼の部屋の荷物整理。

 彼は楽しそうに喋っていたのに私の表情はずっと固まったまま。本物のキツネのお面のように。そんな私の様子を心配してくれたのか、呆れてしまったのかわからないけど、一緒に居るのがツライのかなんて聞いてきた。


 ーーわからない。

 ーー自分でもわからない。

 ーー自分の気持ちを説明できない。

 訳もわからず悲しくて涙と鼻水が止まらなかった。涙と一緒にたくさんのコトバを吐き出す。内容なんて覚えていない。



 落ち着いて恥ずかしくなってきた頃、彼は濡らしたタオルと甘いミルクティーを出してくれた。


 チビチビと紅茶を啜る私を見ながら今度は彼が喋り出す。


 「俺は小さい頃からぽっちゃりしていて、あだ名はたぬきだった。軽くイジメられたりもして悔しくて仕方なかった。太(ふとし)と言う名前をつけた親が憎く思える日もあった」


 「中学に入ってラグビーと出会い身体は大きく筋肉質になった。だけど印象はたぬきのままだった。今はたぬきと呼ばれる事に抵抗はないけれど、自分は本当に克服したのかどうかという不安はあった」


 「ある日君を見かけた。白くて細くて背の高いキレイなユリの花。一輪でも凛々しく咲くキレイなユリの花。そう見えた」


 「今も僕にはユリの花のように見える。たとえキツネに化かされているんだとしても、それでいい。僕は僕を化かすキツネの君と居たい」


 「だけど化かされているのは君もきっと同じ。たぬきの化け術。闘う俺がカッコいいって言ってくれるけど、レギュラーになんてなれなかった。練習試合でもボロボロな姿ばかり見せていたはず。本当は内気でインドア派。休みは家で本を読んだり、ミニトマトの苗の手入れをするのが大好きで、君が思うほど頼りになるような男じゃない」

 彼はそう言って下を向いてしまった。


 たくさん彼の内側を聞いた気がする。

 だけど私の心は晴れない。私はまだ何かを超えられない。なにかをまだ抱えている。


 彼の第一印象はたぬき。

 たしかにそう思った。


 彼のあだ名もたぬき。

 はじめて聞いた時は少し笑ったけど、かわいくてピッタリだと思った。


 彼の名前は太(ふとし)。

 彼は気にしてたようだけど、私は心強い響きだなって思った。



 そうだ。

 コレだ。



 彼の名前。

 彼の苗字は狸沢。


 「あだ名じゃなくって本当にたぬき。あだ名がたぬきでも不思議じゃない。見た目以前に名前がたぬき。私のキツネと全然違う。これっぽっちもフェアじゃない。何年間もラグビーやってたくせに!」

 彼はポカンとしてた。

 私も何を言ってるのかわからなかった。


 少ししてから彼が言う。


 「ごめん。そこまで化かし切れなかった。キツネと違ってたぬきの化け術はどこかひとつ抜けてるみたいだ」

 今度は笑った。少しカチンときたけど笑ってしまった。何もかも馬鹿馬鹿しくなった。


 もうすぐ私は狸沢美里になる。

 美里って名前からして狸に嫁入りするために付けられたような気がしてくる。



 どこまで化かし通せるか分からないけど、頑張って百合の花で居続ける。

 もっともっと私の中のキツネを磨いて九尾の狐の伝説みたいに彼を化かし続ける。


 やっとそんな決心がついた。

 なんて事のない話だった。


 化けの皮が剥がれてもきっと彼はソバにいる。

 居てくれる。


 それだけ解れば充分だった。



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