魔神戦争

名無しの夜

第1話 全ての始まり

 かつて強さが善であると信じて最強を目指した男がいた。


 男は小さな島国に生まれた異能者だった。

 異能者。修練と術理をもって世界に満ちる力を操作する魔術師とは異なり、生まれつき特殊な力を持つ者達。

 男の異能は極めて強力だった。ともすれば本当に『最強』という幻想に手が届いてしまう程に。

 いや、ただ一人を除いて誰もが男の最強つよさを認めていた。

 ただ一人、そう、当の本人を除いては。


 最初に男がその手を血に染めたのはまだ年端もいかぬ少年の時分だった。


 義務教育の帰り道、ふと前を歩く男から不穏な気配を察した少年はそのまま男を尾行、野球帽を深く被った中年の男が人気のない公園でランドセルを背負った少女にそっと近づいたところでその首を静かにへし折った。


 最初の殺人。善良なる者であれば自責の念に心が病みかねない大罪ではあったが、少年の胸に到来したのは良心の呵責ではなく、己が少女を救ったという達成感だけだった。


 己の強さが人を救った。強さとはすなわち善である。


 あるいはその短慮は誰もが一度は持つ、若さがもたらす万能感に過ぎなかったのかもしれない。これが只人であればその万能感ねつは遠からず冷めていたことだろう。


 だが男は只人ではなかった。男は人類史を紐解いても例を見ない、それほどの特別だった。

 

 そんな男は当然のように直ぐに機関に発見される。

 機関。それは魔術や高位存在を隠すために活動する者達。遥かな昔から活動し、表の社会の秩序を守ってきた機関は世界各国の政府と深い関わりを持っており、一度機関に目を付けられれば、個人の意思でこれに抗うことは不可能だ。

 そうして少年は問答無用で機関の所属となった。


 彼の力は危険だ。今のうちに殺してしまおう。


 自分達で少年を招き入れておきながら機関内部ではそのような声も多くあった。だが無二と言っても過言ではない少年の力に魅せられた者は多く、事実多大な利益をもたらす少年を機関は最終的に受け入れることになる。


 機関最大の失敗、あるいは成果。


 後にそう言われるようになるこの決定は、これより何百年と議論の対象とされる。


 機関に所属した少年は進んで力を磨いた。望んで得た環境でこそなかったが、強さこそが善であると信じる少年にとって、世界を裏から守護する機関はまさに己の理想そのものだった。

 水を吸収する渇いた大地の如く、少年は機関のあらゆる技術を学び、そしてーー


 機関せかいに戦いを挑んだ。


 その発端が何だったのかは誰にも分からない。あるいはそれはあまりにも強く生まれすぎた少年の本能だったのかもしれない。

 虎がウサギを狩るように、鳥が魚を喰らうように、強さが善と信じる少年にとって弱さとは獲物あくなのだから。


 己より弱くなってしまった機関など不要。成長し、生まれ持った強さに磨きをかけた男はあるいはそう思ったのかもしれない。


 結果、一人で世界に戦いを挑んだ男は生まれて初めて敗者あくとなった。


 五体を何万発にも及ぶ銃弾が貫き、強力無比な魔術が施された四本の剣が男の四肢をそれぞれ一つずつ斬り落とした。それでも尚、驚異的な強さを残る男の上に、遂には最大最強の兵器までもが落とされた。


 それでも尚、男の心臓だけは死ななかった。


 人類最強の兵器を浴びせられ、それでも強く脈動する心臓それは、監視映像の前で唖然とする各国の首脳達を嘲笑うかのように、その場で六つのカケラへと変わって世界の何処かへと飛び去った。


 後に男の拠点の一つからこのようなメモが発見される。


 俺が破れたのならば、俺は善ではなかったのだろう。だがそのようなことが果たして認められるだろうか? 善き世界を願って生きてきた。その俺が悪などと、どうして認められようか。いや、敗北したのならば確かに俺は悪だったのだろう。だがたとえ悪に落ちようとも善きことの為にこの力を使いたい。故に俺は己の心臓に力を使った。俺が死した後、俺の力を継ぐに相応しい者に俺のちからが宿るように。六つに分かれた俺の心臓は互いに惹かれ合い、やがて壮絶な殺し合いを巻き起こすだろう。戦え! 俺の後継達よ。六つに分かれた心臓が再び一つになるように、たった一つの最強ぜんを生み出す為に、戦え!!


 男の血で書かれたそのメモは日の目を見ることなく処分された。そしてこの時より機関は、いや世界は心臓探しに躍起になる。


 そして時は流れーー

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