第3話 若手との試合
そこで意義を唱える者がいた。グレッグだった。見ていた楽園が夢であったかのような顔をして、怒っていた。
「僕には信じられません! エンニオさんより強いなんて!」
グレッグは声を荒らげた。盲信しているのは本当のようであった。この世には覚めなくてもいい夢もあるが。
「別に俺は嘘を言っちゃあいない」とエンニオは言った。少しムキになっていた。
「僕は信じられませんよっ」
「どうしてそう思う」
「そんな痩せぽちって、それに片腕がないのでしょ? 例え勇者だからといっても、所詮はそれは過去の栄光ですよ!」
エンニオは言葉が過ぎるぞ! と怒った。しかし、キートンはその通りだよと言った。
「まったくその通りだ。君が正しい」
グレッグは眉根を寄せてこちらを見た。彼にとっては意外な言葉だったのだろう。きっと怒り出すと思ったのだろう。焚きつけるため、わざと怒らそうとしたのかも知れない。これで、彼にとんだ腑抜けだと思われたに違いない。
冷たい風が吹き、ポンチョの中に侵入してきた。キートンは思った。やはり立ち去るべきだった。
「俺の紹介はもういいから、練習を再開させてくれ」とキートンはエンニオに言った。
エンニオは、騎士たちに練習を再開するように言った。すると、騎士たちはきびきびとした動きで元の場所に戻り、また模擬戦を始めた。
しかし、グレッグだけはそこにいた。不服そうな目でキートンを見つめていた。
グレッグは言った。「キートンさん、僕と模擬戦してくれませんか」
「模擬戦ね……」
「僕はあなたが強いとは思えません。でもエンニオさんがああ言うのです。戦争の英雄さまがどんなものか、確かめてみます」
キートンはエンニオを見た。応じてやってくれと言われた。少し考えたのち、
「分かったよ」とキートンは言った。
グレッグは礼儀正しく頭を下げ、よろしくお願いしますと言った。一応、礼儀はわきまえているらしい。キートンはこの若者に好感を持った。
「では、もう少し広いところに行きましょう」
グレッグはそう言うと、背を向けて歩き出した。
「だが、これだけは言っておきたい」とキートンは言った。
グレッグは足を止め、こちらを振り返った。
「なんです」
「俺は別に英雄なんかじゃない」
「謙遜ですか?」
「違う。英雄というのは、誰かの命を救った者のことを言う。俺はいつもその逆のことをしてきた」
「…………」
グレッグはなにも言うことなく、また前を向いて歩き出した。
足を止め、ここでいいでしょうとグレッグは言った。キートンはグレッグと相対した。グレッグはいかめしい顔をしていた。おでこに幾つかのニキビができていた。
キートンは木刀を渡された。すこし振るってみる。当然ではあるが剣よりも軽かった。
そしてこれも当然ではあるが、段々と周りに人が集まり出した。
ポンチョの右半分だけを捲ると、キートンは構えた。グレッグもゆっくりと構えた。
誰ともなくキートンとグレッグのあいだにやってきて、腕を下げたら開始だと言った。
グレッグは前かがみになり、足を縦に広げた。開幕とともにダッシュしてくるつもりなのだろう。目を見ていても解る。炎がめらめらしていた。
速攻を狙うということは、そのままの型で繰り出せる突きか縦切りである。構えかたが変わる左右や下からの攻撃ではないと思ってもいいだろう。
となれば横に避けるのが得策だ。そしてグレッグは左足を前に出している、オーソドックスな構えかたをしている。彼の左に回り込みながら攻めていくのが無難であろう。
では左に回り込みながら、できるだけ接近して戦おう。リーチでは不利があるが、小回りならこちらが利く。
試合進行人の右腕が挙がった。グレッグははますます前のめりになった。やはり突撃してくるつもりだ。予想通りである。
突っ込んできたところを、足で砂をかけ視界を奪ってやろうかとも思ったが、やめた。模擬戦ではあるものの練習も兼ねているのだ。殺し合いではない。ここは正々堂々いこうと思った。
始め! と声が上がり腕が振り下ろされた。グレッグは地を蹴り突撃してきた。予想は当たった。頭を目がけ槍を振り下ろしてきた。
キートンは手筈通り右に避け、木刀を振るった。
しかし、グレッグの切り返しは早かった。攻撃を避けられたとわかると、そのまま前方へローリングしたのだ。猫のような素早さだった。キートンの攻撃は空を切った。
その反応の良さとセンスに驚きながらも、キートンは距離を詰めるため接近した。グレッグは鮮やかに立ちなおすとこちらを向き、突きを入れてきた。しかしキートンはそれをいなした。左から払うように切りつける。
するとグレッグは膝を折り、まるでリンボーダンスのように上半身を目一杯反らしてかわした。キートンは目を大きくした。こんな避け方は見たことがなかった。
その体勢のまま、グレッグはキートンの横腹に槍を入れた。キートンはうめき声を上げ体を折った。
追撃を逃れるため後ろへジャンプしたが、グレッグが迫っていた。槍の間合いに飛び込ませるわけにはいかない。キートンは地面に足が着いたと同時、地を思いっきり蹴って前に出た。これにはグレッグも驚いていた。
キートンは次々に攻撃を繰り出した。だがグレッグは上半身を上手く反らせ、次々にかわした。見事なスウェーであった。
グレッグは攻撃も上手かった。右から左、左から右へと槍を巧みに持ち替え、キートンを翻弄し、手首でクルクル回しまるで棒術のような動きを見せ、攻撃を繰り出した。キートンは防ぐのに精一杯だった。油断していたらすぐにやられそうだった。
なんとか隙を見つけキートンはタックルした。グレッグは後ろへよろめき、そこへキートンは切りつけようとした。
これはフェイントである。グレッグは引っかかり防御の姿勢を取った。そこへキートンは膝を蹴りつけた。グレッグは声を漏らしぐらりと体勢を崩した。
勝負をかけるなら今だ。
キートンは左から切りつけた。
だがこれも、グレッグは紙一重のところでスウェーで避けた。グレッグはにやりとほくそ笑んでいた。キートンは見事と思った。これも避けてしまうのは。
グレッグに木刀を弾き飛ばされ、胸に鋭い突きが入った。キートンは苦痛の表情を浮かべ尻餅をついた。顔を上げると、鼻先に槍が突き出されていた。
これで勝負はついた。完敗だった。
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