第6話 斥候

 一人の盗賊が、茂みの中を掻き分け山の中に入って行くのを、数時間前に見たという情報が入ってきた。これはアジトに向かうためと考えられる。


 キートンはすぐさま向かった。盗賊が入っていたという茂みを探ってみると、草花が左右に折れて一本の筋ができていた。人が掻き分けて中に入っていった証拠だ。よく見てみると、足跡もうっすらと残っていた。

 戦時中、斥候(スカウト)の経験も何度かあったので、素人を追うのは容易いことだった。


 道中、巻きタバコが落ちているのを見つけた。それを拾い上げ吸ってみると、ほんの少し煙が出てきた。もう近くに迫っているということだ。

 周辺を探ってみると、ぽつぽつと焚き火の跡もあった。この量から推測するに、アジトが近いのかも知れない。アジトの周りで見張り番をしている跡だと、キートンは考えた。


 それからもう少し進んで行くと、二人の男の声が聞こえてきた。盗賊共であろう。

 木の影から窺ってみると、洞窟の前に、盗賊らしい野蛮な格好をした男二人がたむろしていた。

 ここでは声があまり聞き取れない。洞窟の近くに丸みを帯びた大きな岩があったので、キートンはそこに寝そべり、二人の様子を窺うことにした。盗賊共を上から見下ろす格好だった。


 二人の盗賊は街の不良少年のような喋り方で、

「こういうなんもねえ時間が、一番退屈だよな」

「まあな、見張りも楽じゃねえよ」

「早く仕事がしたいぜ。あん時は女と遊んでいるときよりも充実感があるからな」

「でも昨日よ、他のヤツらが仕事中に、片腕のない旅人に邪魔されたらしいじゃねえか。そいつはなんなんだろうな」

「まあ本当に通りかかっただけの、ただの旅人じゃねえのか」

「えらく強いってきくぜ?」

「だからただの強い旅人だろうよ」

「はん、なんだよそれ。でも村の連中が雇った用心棒かも知れないぜ?」

「極貧村の連中がか? そんな金はねえよ。それに、俺たち獣人にいいようにやられてる腑抜けた奴らだぜ?」

「それもそうか……」

「そうだよ。それにこっちには情報提供者もいるんだぜ? 何かあったらすぐ分かるよ。安心しろ」

「でも極秘りに雇った用心棒だったら――」

「おめえもしつけえなあ!」


 そのあと二人は件の話をせず、前に買った女のことや仲間内でやった博打のことなど、他愛のない話をした。

 それから夜になり、見張り番も沈黙し焚き火の音しか聞こえなくなったところで、偵察を引き上げた。これでアジトの場所も解ったし、情報提供者が確実にいることも突き止めることができた。収穫はあった。


 アルバの家に帰ってくると、ぷりぷりと怒りながら、どこに行っていたのと訊かれた。


「俺は旅人だ。いつふらっと出ていくか解らんよ」

 するとアルバは頬を膨らませた。キートンは楽しそうに笑った。


 夕食をよばれていると、裏の扉がどんどんと鳴った。来訪者だろうか。

 キートンはその方向に顔を向け、目を細めた。今朝の子供たちの悪戯を思い出していた。だが悪戯をするのに、わざわざ扉をノックしないかと考え直す。


 それでも念のためアルバの後ろに付き、見守ることにした。


 扉の先にいたのは、母娘(おやこ)らしき一組だった。母親と娘は修道婦のように頭に鼠色の布を巻き、人目を避けていた。


「アルバちゃん、また持ってきたよ」と娘が嬉しそうに言った。

 はいっと差し出されたのは、バスケットであった。中にはパンや野菜、果物などが入っていた。みずみずしく輝いている。数日分もある食料だ。

 アルバは深々と頭を下げると、感謝の言葉と共にバスケットを受け取った。


 母親の方がキートンに気づいたらしく、顔をはっとさせた。この行為を、村人に密告されるのではと思ったのだろう。

 キートンは首を振り、大丈夫だと言った。すると安心したらしく、緊張を解いた。

 母親はぺこっと頭を下げ、娘の方はアルバに手を振ると、家に帰っていった。

 捨てたもんじゃないとキートンは思った。あなたこそ本物の人間だ、と。


 アルバは扉を閉めると、貰っちゃったと笑顔を見せはしゃいだ。

「またと言っていたが、以前にもあったのか?」とキートンは訊いた。

「うん、何度か。ああして食料をもってきてくれるの、あなたが不憫だからって。本当に感謝してる」

「そうか――」

 キートンは、その気持ちもいつまでも忘れないでくれと思った。だが口には出さずその言葉を呑んだ。言う資格がないと思った。

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