第1話 山道のいくつかの出会い

 キートンは山道を歩いていた。左右の木々がかさかさと揺れ、風が感じられた。空は晴天だった。強い風が一つ吹き、身につけているポンチョが揺れた。


 キートンの体はやせ細り、顔も頬骨が少し見えている。そんな体を隠すように、キートンは黒いポンチョを身につけていた。そのポンチョが上半身を覆い隠し、右手だけが少し見えていた。茶色、革の手袋をはめている。腰には剣を下げているが、それもポンチョが半分ほど隠している。


 後方から車輪の音が聞こえてきた。行商人の荷馬車である。キートンの横をゆっくり通り過ぎていくと、その後ろには十歳くらいの子供がついていた。

 馬車についていくため、小さな足を精一杯動かし、大きな紙袋を両手で持っていた。その袋から、赤いリンゴが少し見えていた。


 子供の服装は薄汚れ、頭にはボロ布をフードのようにして巻き、靴はなにも履いていなかった。長い時間、歩いているとみて泥だらけだった。この時代ではそう珍しくない光景だった。

 すると子供がこけてしまった。リンゴが一つ転がり、キートンはそれを拾ってやると、子供を起こしてやった。


「平気か」キートンはそう言うと馬車に向かい、「おい、ツレが倒れてしまったぞ」


 馬車が止まると、赤ら顔の男がこちらを振り返り、何やってんだグズと怒鳴った。

 子供の衣服についた土を払っていると、ぽろりとボロ布がはだけた。

 キートンは初めてこの子供の顔を見た。どうやら少女のようである。あまり栄養が取れていないようで、痩せ気味だった。


 そして、犬のような耳が頭についていた。獣人だ。キートンはやはりなと思った。この少女の扱いで、薄々そうではないかと思っていた。

 少女は慌てた様子でボロ布を被り直した。そして上目遣いで、窺うようにキートンの顔を覗き見た。ぶたれるのではないかと思ったのだろう。


「可愛い耳だ」とキートンは言った。


 少女は顔をキョトンとさせた。


「おい、この子を乗せてやったらどうだ? 空いてるんだろう」とキートンは行商人に言った。

「はあ!? とんでもねえ、なんで獣人なんかを。こっちはそいつのために仕事与えてやってるっていうのに」


 そう言うだろうと思っていた。この行商人に良心があれば、とっくに乗せている。


「おいアルバ、なにをぼさぼさしてる。早く歩け」と行商人は言った。

 少女の名前はアルバというらしい。アルバはキートンに頭を下げると、急いで馬車に駆けていった。キートンはそんなアルバの背中を見つめていた。


 獣人族たちは、虐げられていた。人間よりも地位を下げられ、ケモノ、ケモノと蔑まれていた。


 それも先の戦争のせいである。


 戦争というのは、二年前に終結した、帝国と魔国との間に起こった争いのことである。その戦争で大半の獣人族が魔王に懐柔され、帝国に反旗を翻した。

 元々、獣人族は自分たちの国がなく、人間と共存していた。だが差別があった。貧困もあった。そこで魔王は、勝利すれば獣人たちに国をやろうと言ったのだ。自分たちの国を持つことは、獣人族の悲願でもあった。

 しかし、結果は勇者が魔王を滅ぼし、人間側の勝利に終わった。夢は潰えた。そして獣人族は地に落ちた。敗戦した民族の末路ともいえる。人間側につき命をかけ戦った者ももちろんいるが、半分以上の獣人は紙一枚で人間の所有物となり、権利や地位を剥奪された。それは敵方の魔人族も同じだった。


 簡単にいえば奴隷となったのだ。奴隷を免れた者たちも、人間に抑圧された生活を送っていた。

 あの少女、アルバはそのどちらかはまだ解らない。だが、辛い目にあっているのは見て取れた。


 アルバに続きキートンも歩き出す。すると右前方の茂みがかさかさと揺れた。小動物が二匹、その茂みから慌てた様子で出てきた。


 キートンは右手で剣の位置を確かめると、身構えた。


 次の瞬間、武装した獣人族の男三人が茂みから飛び出してきた。

 盗賊だ。あっという間に馬車の前方を塞がれてしまった。

 この三人の中ではリーダー格らしい、赤いバンダナを巻いた男が剣を突きつけると、賊共のお決まりの言葉を言った。


「おい、金目の物を置いていきな」

「か、金目の物なんて、ございません……!」

「うっせえ、こっちとら積んであんのは知ってんだよ! ぼやぼやしてっと殺っちまうぞ!」


 バンダナの男がぶんと剣を振るうと、行商人は女のような甲高い悲鳴を上げた。赤ら顔には似合わないなと思った。

 アルバの方を見てみると、ぶるぶると震えていた。同じ獣人族だからといっても、命を奪われない保証はどこにもないのだ。

 キートンは臆す様子もなく馬車の前に出ると、盗賊たちに立ち塞がった。

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