第10話 生徒会室

雨竜の策略にハマった僕は、誠に遺憾ながら、生徒会選挙の手伝いをすることになった。手伝いなどしなくても雨竜の当選など決まっているというのに、どうしてそんなことをしなくてはならないんだか。今からでも蘭童殿や真宵に相談したいところだが、それが原因で中間試験の成績が落ちたなんて言われたら責任が取れない。僕は唇を噛むしかないのである。


4限終了のチャイムが鳴り、教室内が慌ただしくなる。待ちに待った昼食の時間ということだろう、教室の外を飛び出したり机をくっつけたりと忙しない連中だ。


「雪矢、生徒会室行くぞ」

「うげ」


自分から立候補したわけでもないくせにやる気を見せている隣の席のどうせ生徒会長さまは、早速立候補の書類を取りに生徒会室へ向かいたいらしい。


「お前1人で行けばいいだろ」

「せっかくだから推薦人の紹介も済ませたいんだよ、ぐだぐだ言ってたら昼休みなくなるぞ」

「めんど……」


抵抗しようが何かと理由をつけて拘束されるに決まってる。昼休みも有限なんだ、さくっと終わらせて昼食にありつこうじゃないか。


そういうわけで、雨竜と一緒に教室を出て、生徒会室があるらしい旧館の1階へと向かう。


「早速向かうのはいいが、生徒会の役員はちゃんと居るのか? 僕ら飯食べる前に直行してるが」

「長谷川先生曰く、昼休みと放課後は最低1人いるようにしてるって。弁当組の誰かが先に待機してるんだろう」

「成る程、役員って何人いるんだ?」

「お前、少しは学校に興味持てよ……」


うるさい、知らないものは知らん。理解するために質問してるだろうが。


「生徒会長、副会長、書記、会計の4人だ。今年は書記以外が3年生で、書記は2年生が担当してる」

「今年はって、通年で一緒ってわけじゃないのか?」

「ルールはない。役員は生徒会選挙によって決定されるが、生徒会長以外は立候補がなければ生徒会長の推薦によって決まる。だから現1年生が居ない年もあれば、3年生が生徒会長じゃないって年もあるかもしれない」

「へえ、じゃあ他の役職に立候補が居なかったらお前が誰かを推薦するのか」

「俺が生徒会長をやるって決まったわけじゃないけどな」


コイツの謎の謙遜は何なんだろうな。お前が生徒会長にならないと思ってる奴なんて、対抗馬合わせて誰もいねえよ。その対抗馬が現れるかどうかも微妙なところだが。


雨竜に生徒会について話を聞いていると、数分後にようやく目的地へ着いた。ドアのガラス部がスモークになっているため様子は窺えないが、誰かが居る気配がする。役員の仕事とはいえご苦労なこった。


「僕の知ってる人っているのか?」

「普通だったらみんな知ってるけど雪矢だからなぁ、どうせ記憶にないだろ」

「失礼な。豪林寺先輩クラスのオーラを放ってたら覚えてるわ」

「そんな人間が何人もいてたまるか」


確かに。それほどまでに豪林寺先輩とは唯一無二の存在なのである。


「あっ、でもお前黄団だったよな? なら副会長はさすがに分かると思うぞ」

「誰のことだ?」

「まあいちいち説明するのも面倒だし、今日居たら説明するわ」


生徒会室前の雑談を切り替え、ドアをノックする雨竜。


「ちょっと待ってね」


中から女子の声が聞こえたと思ったら、少しばかり慌ただしい音が中から聞こえてくる。人が駆ける音やら机を引きずる音、その後にスモーク越しの室内が暗くなったのが分かった。


「どうぞー、入って頂戴」


一体中で何が行われているのかと若干狼狽えつつも、雨竜が「失礼します」と一声掛け、ドアを大きくスライドさせた。



その瞬間、照明が消え薄暗かった室内が、ミラーボールによって怪しく鮮やかに輝き始めた。



……なんすかこれ?



「こーこーは誰もが訪れる生徒たちーの教↘会↗。我々は優しくみんなを導くのー」



室内に流れるBGMに合わせて、全身で何かを表現しながら歌い始める女子生徒。あまりに真剣な表情で思わず引き込まれるが、何かが決定的に異なっている気がする。



「ただし難題ばかりきてー、いつも僕らは四苦八苦ー。けれど僕らは立ち向かうー、すべて生徒のためならばー」



今度は男子生徒が女子生徒と同様に踊るように身体を動かして歌い始める。声量や動作には迫力があり見応えはあるが、やはり何かがおかしいのである。



「が、学園祭から体育祭ー、イベントいっぱい盛り沢山ー、そこを我々盛り上げるー、生徒代表が盛り上げるー」



冒頭を噛んだ女生徒は、顔を真っ赤にさせながら歌っていた。歌に集中するあまり先ほどの生徒たちのように踊れてはいないが、そもそも踊れる意味があるのだろうか。もっと言うならなんで歌ってるの?



「大変なことも多いけどー、大変だからこそタメになるー、やりがい芽生えて汗水流し、生徒の感謝が糧となるー」



先ほどの女生徒とは対照的に、表情を一切変えずに歌いきる女生徒。声に抑揚がなくて音痴気味に聞こえるが、歌っている意味そのものが謎なのでどうでもいい。



「「「「さあ~、ようこそ生徒会へ~」」」」



最後はコーラス。4者4様の表情を見せ、こちらへ手を伸ばす生徒会役員の方々。



全ての演出が終わったと思った瞬間、僕と雨竜は同時に開けていたドアを勢いよく閉めた。



「おい雨竜、なんで音楽室に来たんだよ、生徒会室に行きたいんじゃなかったのか」

「すまん。俺も生徒会室に来てたつもりだったんだが、音楽室になってた」



そう言いながら教室の案内を見るが、札に書かれているのは間違いなく生徒会室。



「もしかして、音楽室じゃなくて演劇部の部室か?」

「そうかもしれない。こっちに滅多に来ないから間違えて部室に来ちゃってた」



そう言いながら再度案内を見るが、札に書かれているのはどう見ても生徒会室。




……これが生徒会役員の仕事ですか?

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