第56話 決意、その先へ

「おっ、まだ残ってたか」


晴華とのやり取りを終え、彼女が教室を出てから約10分後、今度は雨竜が教室にやってきた。


「そうか、この教室からなら校庭の火って見えるんだな」

「お前、何しに来たんだよ」

「避難だよ避難。さすがに人の相手するの疲れたからどこかで待機してようと思ったら生徒玄関の前で神代さんと会って、お前がここに居るって聞いたから便乗だな」


雨竜から晴華の名前が出て、少しばかり心臓が跳ねる。時間的にも、ここを離れてすぐのタイミングだろう。


「晴華、大丈夫だったか?」

「はっ? 何が?」

「いや、何でもない」


雨竜が質問の意図を理解出来ていないということは、思い当たる節はなかったということだろう。僕との後半のやり取りで元気を取り戻してくれたか、周りに心配かけないよう元気な振りをしているか。



いずれにせよ、僕が今、晴華にしてやれることは何もない。



「……」

「……」



窓から見えるキャンプファイヤーの火を眺めながら、いたずらに時間を過ごしていく僕と雨竜。雨竜は何かを察したように、不用意にこちらへ声をかけようとはしなかった。



「なあ雨竜」



沈黙を破ったのは僕。丁度良く雨竜が来たのだから、質問をぶつけることにした。



「お前が初めて告白されたのっていつだ?」

「……心理テストか?」



コイツ、僕が質問する度に心理テスト扱いするのやめてもらっていいか。どれだけ僕はコイツの深層心理に興味がある設定なんだよ。



「ただの雑談だ、普通に答えろ」

「そうだな、小学二年生の時だったか。同じ登校グループの班長に告白されたのが最初か」



小学二年生って、まだ年齢2桁いってないんですが。そしてその雨竜に目を付ける班長も随分と先見の明がありますね、今や国を代表するイケメンです。



「なんて返答したんだ?」

「いや、俺が何かする前に姉さんが間に入って有耶無耶にしてくれたはず。それ以降班長に何も言われなかったし、俺も気にしてなかったというか」



こういうエピソードを聞くと、氷雨さんが雨竜に厳しいだけではないというのがなんとなく分かってくる。自分だって男子に言い寄られて大変だろうに、弟のケアをしてあげるあたりしっかり姉なんだよな。



青八木姉弟の思わぬ話を聞くことができたが、僕が聞きたかった内容はそれではなかった。



「じゃあ、初めて相手を振ったのはいつだ?」



雨竜は少し間を置いてから、僕の質問に答えた。



「小学四年生になってすぐだな。そもそも恋人になることの意味を理解してなかったし、あまり何も考えずに振った気がする」

「そうか、小学生だとそんなものか」

「一応補足するが、中学に上がっても高校に上がってもあまり変わらない。普通に断って、それでも絡んできてくれる相手とは仲良くしてる」

「断るときって、どんな気分だ」

「慕ってくれてるのに悪いと思うが、それだけだ。必要以上に感傷的にはならないな」

「……そういうものか」

「お前と違って不真面目だからな、いちいち気にしていられない」



途中から、質問をした相手が悪かったことに気付く。不真面目どうこうの前に、日常的に告白を受けている人間がその1つ1つを重く捉えるはずがない。いちいち重く捉えていたら、罪悪感だけで病んでしまう。勢いよく気持ちを切り替えないと、やっていけないのだ。



「で、お前の望む返答になったか?」

「ああ、僕ってホントに弱っちいと自覚した」



つい先ほど、晴華に恋愛的な意味で想いを告げられ、僕の恋愛観を以て断った。最終的に晴華は諦めないという意を表明していたが、僕の否定に心を痛めたのは間違いないだろう。今泉先輩と付き合ってなかったらの話をしていた晴華の悲痛な表情を、僕はおそらく忘れられない。



「こんなこと、何度も経験したくない……!」



生意気なことを言っていると思う。好意を向けられる贅沢を享受しておきながら、子どものようなワガママを吐いている自覚はある。



それでも、自分を慕ってくれる相手を傷つけることが、今の僕には耐えられることではなかった。



「心配するな、何度も経験するようなもんじゃない。お前も相手が大切なとき限定だ」



具体的な内容は話していないのに、状況を察したようにフォローを入れてくる雨竜。



「名前も知らない相手に告白されたってキツかない、慣れりゃどうとでもなる」

「慣れるほど告白されるつもりはねえよ」

「どうだかな、体育祭で色男っぷりを発揮しちまったし」

「顔面砂パックの敗北者が色男なわけねえだろ」

「お前な、騎馬戦の後に囲まれたの忘れたのか?」

「ああいうのはその場のノリだ、騎馬戦中に騎馬戦してなかった馬鹿を弄るための」

「さっきも何回かお前のこと聞かれたんだが、まあ今のお前は聞く耳持たないか」



いつの間にやら話が横道に逸れてしまった。僕はこんな話をしたかったわけじゃない。



僕は、どこか呆れたように僕を見る雨竜に対して、決意の眼差しを向けた。





「僕は、彼女を作るぞ」





目を見開き驚きを表現する雨竜に追撃をする。



「彼女を作って幸せになる。幸せオーラを全身から溢れ出す。そうすれば、僕に対して告白しようなんて人間はいなくなる。全てが丸く収まるってわけだ」



実際、今泉さんと付き合っていたときの晴華は、それなりに告白を抑えられていたようだった。あれを良い例とは言えないが、間違いなく効果はある。



晴華と違うのは、僕は僕で好きな相手と付き合うということだ。



「大丈夫かそれ?」

「何がだ?」

「彼女を作るってことは、お前が誰かを好きになるって意味だが」

「当たり前だろ、何を当たり前のことを」

「お人好しでみんな大好きなお前が、1人に絞れると思えないけどな」

「ふざけるな、友だちと恋人を一緒にするな」



僕を愚弄する雨竜に対して再度はっきりと伝える。




「好きな女を作って告白して恋人になる、それが僕の当面のミッションだ」




恋愛の理屈なんて分かりようがない、友人関係第一だった晴華がどこの馬の骨か分からん相手に恋してしまうのだ。難航してしまうのは目に見えているが、いずれにせよやらなくてはいけないこと。



待たせている人たちがいるんだ、結論は出すなら早いに越したことはない。



「くっくっく」

「何を笑ってやがる」

「いや、1年前のお前からは考えられない決断だと思ってな」



確かに。人との交流を避けていた僕が彼女を作りたいだなんて、1年前の僕が見たらびっくりするだろうな。びっくりした上で全力で引き留めそうだが、僕も全力で対抗してやる。



「そういうことなら話が早い、ウチの妹をよろしく」

「賄賂配ってるんじゃねえよ、何だこれ」

「校庭で配ってた柿ピーだな」

「酒のつまみじゃねえか、僕がこんなもので懐柔されるとでも?」

「でも食べるだろ?」

「食べ物を粗末にしないのが僕の流儀だ」

「ウチの妹をよろしく」

「それ言いながら渡すのやめろ」



雨竜からもらった柿ピーを食べながら、少しずつ弱くなっていく火に目を向ける。




こうして、準備期間を含めると随分長かった体育祭が終わりを迎えるのであった。

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