第46話 体育祭11

「で、お味はいかがですか!?」


やることやって満足したであろう梅雨は、瞳を煌めかせて感想を求めてくる。否定的なことを言われるとはまったく思ってないな。


「ん、普通に美味いな」

「やった!!」


僕の返答に小さく胸元でガッツポーズをする梅雨。


冷凍食品ではない揚げ物をここまでしっかり仕上げたのは充分評価できる内容だ。唯一不満があるとするなら揚げたてを食べたかったくらいだが、弁当の唐揚げはこれで問題ない。というか肉そのものが良いものを使っている気がする。梅雨め、しっかり己が財力を駆使してきたな。


「お父さま! やりました!」

「うん、良かったね」


梅雨は踊るように父さんの元へ向かうと、嬉しそうにハイタッチを交わす。梅雨にとって父さんは料理の先生だからな、僕の『美味しい』は1つの目標だったというところか。父さんの料理で肥えた僕の舌を唸らせたんだ、さすがに料理初心者は脱出できたと思う。


「つ、次は私の番です!」


このまま梅雨のターンが続くと思ったのか、明らかに挙動が不自然な朱里が箸の準備を始める。そういえばこれって勝負なんだっけ、感想言うのは後にするべきだったか。朱里にいらんプレッシャーをかけたかもしれない。


なんて心配をしていたのも束の間、自分の弁当箱から厚焼きタマゴを箸で摘まんだ朱里は、左手を添えながら箸を僕の方へ向けてくる。



「梅雨ちゃんもやったんだから、いいですよね?」

「……」



顔を真っ赤にして見つめてくる朱里に、僕は何も言えなくなってしまった。そうだった、暴走癖があるのは梅雨だけじゃない、何なら元祖は目の前のお嬢さんである。


「桐田さんも『箸1つで雪矢さんにあーんさせちゃお作戦』とは、考えることは皆同じと言うことですね……」


父さんのハイタッチから戻ってきた梅雨は、神妙な面持ちで何かを分析しているようだった。いや、朱里の場合は弁当が1つしかないから。あと、お前がその作戦使わなかったら朱里はやってなかったと思うぞ。


ただ、梅雨がやってしまった以上、暴走朱里さんが後ろに退くことはないだろう。この短時間で別々の女子から餌付けされるような絵を晒していることに若干恐怖を感じるが、僕にはもうどうしようもできない。雨竜が終始笑ってるから後で1発殴る。それは神も許してくれる。


というわけで僕は、朱里から向けられた厚焼きタマゴを一口でパクリと食べる。


「ん? 甘いなこれ」

「はい! ウチはタマゴ焼きを甘く作ってて!」


だし巻きを想定していた僕としては想定外の味だったが、ほどよい甘みが口の中に広がり、空腹を刺激していく。


「美味い、もう一個くれ」

「は、はい!」


朱里が最初に選択しただけのことはある、この厚焼きタマゴは美味い。新鮮な味だったこともあり、すぐさま2つ目を所望してしまった。緊張で固かった朱里の表情が一瞬で解れたように見えたが、実際かなり安心したのだろう。好みなんて個人差があるし、一般的に美味しくても僕に合わなきゃ今回はアウトだしな。


「ま、負けた……!」


僕が判決を下す前から、梅雨は両手をビニールシートについて項垂れていた。


「いや、まだ何も言ってないだろ」

「だって雪矢さん、桐田さんにもう一個って言ってたじゃないですか、わたしの唐揚げはそんなことなかったのに」

「美味かったけど父さんのレシピだしな、初体験の味には勝てないだろ」

「成る程、次のわたしの課題はオリジナリティということですか……!」


正直に言うと、どちらの方が美味しかったかなんて正確に判定することはできない。食べたもののジャンルが違うし、どちらの料理も美味しかった。


強いて言うなら、他人様の家庭の味という新しさがあった朱里に軍配が上がったということになる。それに関しては梅雨も認めているようだし、今回は朱里の勝ちと言うことでいいだろう。経験値がそのまま勝利に繋がることはいいことだ。


「あ、ありがとうございます!」


総評を述べると、先程からどこかぎこちなかった朱里の表情に自然な笑みがこぼれた。自分が勝てると思っていなかったようで、喜びも一入らしい。


「桐田さん! 今回は負けてしまいましたが次回こそわたしが勝ってみせます!」

「うん、私も負けないよ!」


今回の対戦者による握手がなされ、弁当勝負は終了となった。2人とも気持ちが前向きで実に清々しい、場所がこんな公共の場じゃなければ僕も素直に賞賛できたんだがな。


「ゆーくん、そういえば時間大丈夫?」

「あっ、やば!」


父さんの声掛けで、僕に残された時間が僅かであることを悟った。まずい、もうすぐ騎馬戦の練習があるのに弁当を食べられていない。空腹の状態じゃ練習だって身に入らない、何とかせねば。


「梅雨、朱里、弁当もらっていいんだよな?」

「勿論です!」

「わ、わたしも大丈夫だよ」


改めて2人の許可をもらった僕は、朱里の箸を借りてまずは梅雨の弁当から手を付ける。2段になっているおかずとご飯を順番に味わいながらスピーディに堪能すると、朱里の弁当に手を伸ばす。こちらはサイズが大きくないからすぐに食べられる。梅雨の弁当だけだと賄えていない部分をきっちり埋めてくれているようだ。


約4分で2人の弁当を食べ終えると、彼女たちから驚いたような視線を向けられる。流れ作業のように消化しちゃったからな、作った側としてはあまりいい気はしないよな。


「ごちそうさま! 2人とも、めっちゃ美味かった! 僕が言うんだから自信持っていいぞ」


麦茶を飲んで一服してから素直に感想を伝える。勿論嘘はない、騎馬戦の件がなければゆっくり堪能したかったところだ。


「父さん。朱里の弁当食べちゃったから父さんの分渡せる? 多分多めに作ってるよね?」

「あはは、さすがゆーくん。了解、朱里ちゃんの分もあるからちゃんと渡しておくよ」


朱里の弁当渡しはイレギュラーかと思いきや、何故かしっかり備えている父さん。ホントに頭が上がらないんだけど気が利きすぎじゃないですかね。


僕は再度みんなにお礼、雨竜にはチョップを食らわせてから騎馬戦練習の集合場所に向かう。



時間がなかったおかげでさらっと流すことができたが、2人の女子から想われているという事実を今一度理解する。ああやって勝負をして自分をアピールする場があって、それに対して一喜一憂していく。


あれだけ頑張ってくれている女子たちを前に選ぶ立場の僕は楽なものだ、それが好かれている特権だというなら恋愛というものは随分不安定なものだと言わざるを得ない。



だからこそ中途半端な気持ちで選択してはいけない、真剣な彼女たちの想いに報いるよう、僕も真剣に考える必要がある。




……ってやめよう一旦。


今は体育祭、雨竜との騎馬戦勝負が待ち構えているのだ。この状況を引きずって動きが鈍れば、晴華や豪林寺先輩たちに失礼である。


僕は両手で頬を張って気合いを入れる。大丈夫だ、エネルギーはチャージできたし後は本番に備えるだけ。



雨竜に勝つ、今の僕はこれだけを考えて突き進んでやる。

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