第44話 体育祭9
「父さん、この状況は?」
問い詰めようとした朱里が思った以上に瞳を揺らがせていたので目標を変える。我が愛すべき父君よ、どうしてあなたの左右に女子が2人も?
「2人ともラインでやり取りしていてね。梅雨ちゃんとは前々から約束してたんだけど、朱里ちゃんはお父さんに挨拶したいからってわざわざ来てくれたんだ」
そうだった。茶道部の合宿の際に父さんと朱里、何故かラインを交換してたんだった。いや、何故って言ってしまうのは意地が悪いか、本人としては梅雨に対抗してのことだし。
……いやいや、そもそも友だちの父親とラインを交換してやり取りしているという事実に目を向けるべきだろ。梅雨のせいで感覚が麻痺してるが、どう考えても普通じゃないよね。まあ父さんが楽しそうだからいいんだけどさ。
「桐田さん、雪矢さんのお父さまとお会いされてたんですね?」
「う、うん。茶道部の合宿の時にお迎えに来てたから」
「茶道部の合宿!? 面白そう、どういうことされるんですか!?」
梅雨の話の振りのせいで一瞬修羅場を覚悟したが、興味は茶道部合宿に切り替わったようだ。
というか、この状況の危うさを理解してないのは父さんと梅雨だけか。朱里は梅雨の気持ちを知ってるし、雨竜は梅雨から本当の気持ちを伝えられているはず。
ってことはコイツ、状況が分かっててあれだけ笑いを堪えていたのか。相変わらず僕の不幸が大好物でございますなぁ!
「雨竜君こんにちは、どの競技も1位取っててすごいね」
「見てくれたんですか?」
「見るというより引きつけられたよ、あれだけ軽快に動けると見てるだけでも楽しいものだからね」
「恐縮です」
女子同士で盛り上がってるのを見て、父さんは僕と一緒に来た雨竜に声を掛ける。たどたどしい反応を示す雨竜を見られるのは面白いが、自分の父親が雨竜と話しているのは妙にむず痒い。お互いの口から変な言葉が出ないかハラハラさせられているわけだし。
「ゆーくんは100メートル走で走ってなかったけど何かあった?」
「うん、ちょっと大事な用事があって」
「そっか。翔輝君が走っててびっくりしたけどそれならしょうがないね」
聞いた? 学校行事に参加しない息子にかける言葉がこれだよ? 理由も訊かずに叱らないだなんて親のあり得べき姿じゃないよね、でも僕は大好き愛してる。
「午後から出る種目って全員参加以外だと二人三脚だけかな?」
「ううん、二人三脚は棄権することにした。代わりに騎馬戦に参加するから」
「えっ!? 二人三脚出ないんですか!?」
声を上げたのは、茶道部合宿の素晴らしさを説かれているはずの梅雨だった。まあ知らなくても無理はない、決めたのはついさっきだしな。
「全力で臨めないんじゃやる意味がないからな、代わりの騎馬戦で挽回する」
「はあ、よかった。雪矢さんの敵に回るっていうのがホントに嫌でしたから」
「えっ、どうして廣瀬君の敵に回るの? あっ、青八木君がいるから?」
「お兄ちゃんなんてどうでもいいんですよ。桐田さんは訊いてないんですか?」
「何を?」
待て。待て待て。この流れは確実にマズい。この天然妹君、僕と晴華の約束の話をしようとしてないか。そんなほいほいと周りにされていい話じゃないのだが!?
「雪矢さんったら酷いんですよ、神代さんとんん!!」
全てを言い終える前に梅雨に接近、後方から手を回し口元を塞ぐのに成功した。
「いいか梅雨、これ以上喋るようならお前の首筋舐めまくって性感帯1つ増やすことになる。それが嫌なら僕の手を2回叩け」
「っ!」
僕のささやきに反応して、梅雨は口を塞ぐ僕の手を2回タップした。よしよし、素直な良い子は嫌いじゃないぞ。僕は手を離し梅雨を解放してやることにした。
「さすがのお前も首舐めはアウトか」
「ゴホゴホ! えっと、首舐めは別に良いんです、雪矢さんが聞かせたくないことなら吹聴して回る理由もないなって思っただけで」
おい雨竜、妹への指導が足りてないんじゃないか。首を舐めてもいいなんて教育、僕が兄なら絶対しないぞ。
「というかせーかんたいって何ですか? 漢字でどう書くのかもよく分からないんですが」
「すまん、僕が悪かった」
「えっ? なんで謝るんですか!?」
神様申し訳ありません、僕はいたいけな少女に邪な知識を植え付けるところでした。梅雨さん、君は適度に辞書の幅を狭めて健全に生きてください。
「……私もいるんですが」
梅雨の純粋さに罪悪感を覚えていると、横から目を細めてジーッとこちらを見る朱里に気付いた。
なんだろう、めちゃめちゃムスッとしてるな。梅雨と話して置いてけぼりにさせてしまったからだろうか、なかなかに可愛らしい反応ではあるが。
「というか梅雨ちゃん、さっき何言おうとしたんですか?」
「えへへ、残念ながらわたしと雪矢さんの秘密なんです」
こ、この天然妹君、ナチュラルに朱里さんを煽っているんですが!? うっとりしながら語らないで、朱里さんの目線が益々鋭くなるから!
「まあ落ち着くんだ朱里、今は楽しく昼食を摂る時間だぞ?」
「そうしようとしたところで廣瀬君と梅雨ちゃんがイチャついたような」
「いや、僕は梅雨の失言を止めようとしただけで」
「でもその内容は教えてくれないんですよね、2人だけの秘密ですもんね」
あああああああああああ!! 拗ねてる、この子拗ねててめっちゃ面倒臭くなってる。僕の言うことを要領よく聞いていた弟子の頃とは段違い。何が彼女を変えてしまったというのか、こんなにも師匠である僕はどうにかできないかあたふたしているというのに。
「くっくっく、付いてきて正解だったわ……!」
この腐れ外道イケメンパラダイス野郎、父さんの前じゃなきゃピラニアの入ったバケツ投げつけてるところだ。
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