第8話 秘めた意志

少し寄り道してから保健室に向かった僕と晴華。そこには保険医の姿は見当たらず、代わりに美しい所作で読書する女生徒が居た。


「あれ、珍しい組み合わせだね」


日本人形のように綺麗な黒髪を携えた彼女は、僕らに気付くと軽く目を見開いてから微笑んだ。


ハレハレの片翼、月影美晴である。


「ミーハーちゃん!」


もう一方のハレハレは、親友の姿を発見するや否や後ろから抱きつき始める。この光景を写真で収めたらさぞかし値が張ることだろう、官能的と言うより神秘的に見えるのがコイツらの不思議である。


「ユッキーと一緒って別に珍しくなくない?」

「放課後だとあんまり見ないかな、晴華ちゃん部活頑張ってるし」

「そういえばそっか!」


このまま2人を野に放っていくと、ホントにこの状態で話し続けてしまうから恐ろしい。美晴が一切抵抗しないからな、僕なら一瞬で手を叩いてしまいそうだが。


「美晴、今誰か休んでるやついるか?」

「今日は居ないけど、どうかした?」

「いや、ここで晴華と雑談しようと思ってな」

「雑談じゃなくて作戦会議!」


ブーブーと文句を垂れる晴華だが、作戦会議って初めて聞いたよな僕。体育祭の件なのは間違いないけど、2人でやれることって限られてるだろ。


「うーん、保健室を預かってる身としては簡単に了承できないかな」

「ええ!?」


美晴の返答に晴華は驚いていたが、当然と言えば当然である。本当に困った生徒たちが来る場所が騒がしかったら入りにくいことこの上ない。雑談なんて以ての外だ。


「まあまあ美晴さん、実は立派に活動されてる貴女の為に労いの品があるんですよ」


だがしかし、こんなこともあろうかと事前に賄賂を用意していた。残暑とはいえまだ気温は高い、寒がりの美晴といえどお茶の差し入れは嬉しいに違いない。


「ってユッキー! それさっきあたしが奢ったやつ!」

「知らん、所有権は僕に移行された。というわけでコイツは追い出して良いぞ」

「なんで!? 作戦会議って言ったよね!?」


この場に相応しくない騒がしいやり取りをしていると、美晴は口元に手を当てクスクス笑った。


「ふふ、2人を見てるといつも元気をもらえるよ」

「ホント!? ミハちゃんに言われると照れちゃうなぁ」

「お前の脳みそは単純だな……」


照れ臭そうに後頭部を搔く晴華を見て、僕は思わず呆れてしまう。世の中の男共はまずこの大和撫子を倒さないと晴華へ到達できないのかもしれない。なんか一生無理な気がしてきた。


「よし、雪矢君の差し入れに免じて目を瞑ろうかな」


献上物が効いたのか僕らのコントが効いたのか、美晴は僕らの作戦会議を許してくれた。


「でも、お客さんが来たら静かにしてね?」

「うむ、晴華を追い出して解決だな」

「もう! あたしだってそれくらい空気読めるもん!」

「晴華ちゃん、もうすでにうるさいかな」

「ミハちゃんまでひどーい!」


そう言って、更なる密着を見せる我が学年女子代表ハレハレ。美晴の座る椅子が挟まっているとはいえ、圧倒的美貌を誇る2人が絡み合っている。


……一体僕は何を見せられているんだろうか、何かに目覚めて興奮すれば良いのだろうか。いや、目覚めずとも得られるものはあるのだろうが、それを認めると負けた気がする。おかしいな、蘭童殿とあいちゃんってこんな感じだったっけ?


「晴華、作戦会議はしないのか?」

「あっ、そうだった!」


エマージェンシー回避のため、何とか2人を引き剥がすことに成功した僕。仲が良いのは知ってるから、他の男子生徒の為にも学校ではなるべく避けてもらえませんかね。


「作戦会議って、私が居てもいいのかな?」

「勿論! ミハちゃんだって同じ団だもん!」


嘘でしょ? ウチの学校の職員は一体何を考えてるんだ、コイツら2人が集まったら恐ろしい事態になるって去年の文化祭で習わなかったのか。その節は沢山お金を稼がせていただきありがとうございます。


「あっ、体育祭の話なんだね」


心なしか、美晴の笑顔に少しだけ陰りが見えたような気がした。


……しまった、ここを選んだのは思い切り失敗である。どんな話をされるか分からないが、思うように運動ができない彼女の前でする話ではなかった。僕としたことが配慮に欠けているな。


「うん! ミハちゃんの応援、すっごく期待してるからね! それだけで元気100倍だから!」

「あはは、それなら応援するしかないね」


しかしながら、目の前の脳天気ガールがあっさりと美晴の心を晴らしてくれている。呆気に取られると同時に、2人の仲の良さを改めて理解した気がした。何と言えば良いのやら、塩梅が良すぎると言うべきか。


「それで、本題は何だ?」


僕が話を進めると、晴華は表情を切り替える。スポーツに取り組む真剣そのものの彼女だ。


「ちょっと話が変わるんだけどね、ユッキーってウルルンと基本同じチームだったよね?」

「……まあそうかもしれん」


意識したことはないが、去年から今年の球技大会まで確かに雨竜と同じチームで活動している。アイツは僕を誘うし、僕も怠けたいときに都合がいいから一石二鳥だった。体育祭の団みたいにランダムでも一緒だったことを考えるとけっこうな確率かもしれない。


「でもさ、今回は別々の団なわけでしょ?」


いや、僕は掲示板確認してないし。お前が言うならそうなんだろうが。


「随分遠回しな言い方だが、何が言いたいんだ?」


僕がそう言うと、晴華は今回作戦会議を開いた趣旨を告げた。



「ユッキーはさ、ウルルンに勝ってみたいと思わない?」

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