第27話 夏休み、茶道部11

「今年もお集まりいただきありがとうございます」


戸村先生の指示のもと荷物を片付け、体操服に着替えた僕らは、本堂にて住職さんと顔合わせしていた。


「2年生の方々はご存知かと思いますが、住職ののりと申します。今日から2日間、皆さんには色々とご指示させていただきます、よろしくお願いします」


僕ら若輩者にも丁寧に挨拶してくださっているのが、この寺の住職である法さん。どうやら戸村先生の父のようで、先生が茶道部の顧問になって以来、この場所をお借りしているとのこと。


あれ、先生と名字が違くない、と思った方。

念のため言っておくが、両親が離婚して母方の姓を名乗っているといったややこしい状況ではない。


僕が今日一番で驚いたことなのだが、戸村先生は結婚しており、現在は旦那さんの姓のため住職さんと名字が異なるのである。


決して無愛想とは言わないが、真面目で融通が利かなそうな人のため、恋愛事も難航するタイプに思えたが意外や意外。僕の第一印象なんて当てにならないものだ。


まあウチの母さんが結婚できるんだ、それに比べたら戸村先生が結婚していても何もおかしくないな。


「まずはお寺と仏具の清掃をお願いします。清掃場所と清掃方法は都度説明しますので、役割分担をお願いします」


法さんからの指示は、とても茶道に関係があるものとは思えなかった。1年諸君も多少は面食らっているようだが、2年生は既に経験済みのためかテキパキとグループ分けの指揮を執る。


その結果――――


「廣瀬先輩、よろしくお願いします!」

「……よろしく、です」


僕のグループは、茶道部で輝き続ける唯一神ことあいちゃんと、茶道部に桃源郷を求める外面全振り男こと佐伯少年だった。なんで2年が僕だけやねん。みんな初心者やんけ。


まあいいか、1年の中では組みたいメンツではあったし。僕らの担当が雑巾掛けでなかっただけよしとしよう。


「皆さんにはこちらの供物台や献菓器、献茶湯器の清掃をお願いします」


僕らは法さんに導かれ、本堂から離れの建物へ移動した。そこで、あまり利用されていないであろう仏具の清掃方法を教えてもらう。


「もし分からないところがありましたら本堂におりますので、気軽にお声がけください」


穏やかな笑みを浮かべて外に出て行く法さんを見て、ほんのり癒やされる僕。戸村先生と違い、真面目さの中に柔らかさを感じられる。仏具なんて簡単に触らせていいものでもないだろうに、ここまで信頼してくれている以上頑張らねばなるまい。


「けっこう量あるね」

「3人いるし大丈夫じゃないかな、焦らずに丁寧にやってこうよ」

「うん、そうだね」


あいちゃんと佐伯少年が楽しげに会話をしている。佐伯少年の意思を汲むならここは割って入るべきではないだろう、僕は僕で作業を進めることにする。


「……いいなぁ」


目の前にある朱塗りの献茶湯器を見ながら思わず声が漏れる。巨大なロウソクみたいな見た目をしているくせに、色みのせいか厳かなものに感じてしまう。ここからお茶を出されたら背筋は一瞬で伸びそうだ。うーむ、父さんに相談して購入してもらえないだろうか。


「廣瀬先輩、仏具に興味あるんですか?」


そこまで高価ではなさそうだと思いながら眺めていると、佐伯少年と話していたはずのあいちゃんが声を掛けてきた。


その後ろにいる佐伯少年に睨まれている気がするが、話し掛けてくるあいちゃんを無視するなんて当然しない。お前のトーク力のなさを恨め。


「普段こうして見る機会がないからな、新鮮な気持ちだ」

「でもこういうのって茶道でも使われるんですよ?」

「へえ、そうなのか」

「はい、形はちょっと違ってますけど大枠は変わらないんです」

「もしかしてこれらって」

「献茶湯器ですからね、ご想像通りかと思います。出雲先輩に聞いたら茶室もあるみたいですし」


成る程な、宿泊施設があるというだけでこの場所を選んだわけではないらしい。お寺掃除をして解散するんじゃ合宿に参加した意味がないからな、少しだけホッとした。


「それにしてもあいちゃん、楽しそうだな」


今の会話もそうだが、普段よりテンションが高めのあいちゃん。僕が指摘すると、あいちゃんは照れ臭そうに頬を赤らめた。


「そ、その、お勉強会の時もそうだったんですが、お泊まりのイベントってすごいワクワクしちゃって」

「そうか、あいちゃんはホントに可愛いな」

「えっ!? な、なんで今の会話からその発言に!?」


言わずもがな、あいちゃんの全言動が愛らしいからです。勉強会の頭に「お」を付けるところとか最高にあいちゃん。


「あいちゃん、廣瀬先輩の手を止めちゃってるよ」

「あっごめんなさい! 作業続けてください!」


あいちゃんと楽しくやり取りをしていたが、佐伯少年の指摘であいちゃんは慌てて持ち場へと戻る。


うむ、合宿らしい会話自体はいいが、作業を止めるのはよくないな。僕らはこの場を任されたわけだし。そういうわけで、佐伯少年のドヤ顔もまったく気にならなかった。彼、随分と僕に対する喜怒哀楽が激しいな。


佐伯少年とももう少しコミュニケーションを取りたかったが、女子陣と話したい彼の邪魔をするのもな。雨竜の弱みになりそうなことがあれば教えてほしいところだが。


まあ別に合宿で交流する必要はないし機会があればそれとなく聞くことにしよう。


とりあえず今は、目の前の仏具の清掃に力を入れることにした。



―*―



「皆さん、お疲れ様です」


仏具の清掃を40分ほど続け、法さんの合図で10分休憩をいただいた。


僕らは間違っても仏具を壊さないよう神経を使っていたが、肉体を使用していた本堂掃除組は勢いよく水分補給していた。


「おい部長、非常にだらしないぞ」

「うるさいわね、飲まなきゃやってられないのよ」


納期に追われたサラリーマンのようなことを言いながらペットボトル飲料を飲む出雲。首筋に光る汗がほんのり艶めかしかった。


「で、どうだった?」

「何が?」

「何がじゃないわよ、佐伯くんのことに決まってるでしょ。あなたを呼んだ理由の1つでしょ」


そういえばそうだった。女子たちの中に男子1人でいるのが辛いのでは、というのが出雲の心配だったのだが。


「……大丈夫じゃないか?」


だって彼、女子と喋りたい思春期真っ盛りだし。今も1年女子たちと楽しげに話してるし。何なら僕、彼の思惑を知っているわけだし。そんな心配するだけ徒労に終わることは間違いないのだが。


「何よそれ、根拠があって言ってるわけ?」


お姉ちゃん気質の部長さまは、僕のふんわりとした言い回しに納得しなかった。そりゃそうだ、僕が出雲の立場なら何も了承しないだろう。


この際、佐伯少年の気持ちを僕が代弁してみるか。



『どうやら佐伯少年、茶道部で女子とイチャつきたいからむしろ好都合らしいぞ』

『そうなの? じゃあ万事解決ね!』

『『あはは!!』』



――――あり得ん。こんな展開になったら僕の全財産で雨竜に抹茶を奢ってもいい。どう考えても僕の脳みそを真っ先に疑われるだろう。


「せっかくの合宿だしあなたにも楽しんで欲しいけど、悩める後輩にも目を掛けてあげてよね」


そう捨て台詞を残し、2年女子たちに合流する出雲。



……悩める後輩? そんな人、どこにもいないような気がするんだが。

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