第18話 家庭訪問

学校を脱出した僕は、桐田朱里から訊いた情報を元に御園出雲の家に向かっていた。


御園出雲の友人である桐田朱里ならば彼女の家を知っているかもしれないと思っていたがビンゴだった。学校からそれほど離れていないこともあり、何度か遊びに行ったことがあるらしい。質問して正解だった。


僕は最寄りの駅から1駅移動し、電車を乗り換え3駅移動する。電車に乗って僅か10分程で御園出雲の家の最寄り駅に到着した。雨竜の家と良い勝負の近さだなこりゃ。


改札を出て、僕自作の地図を持って目的地に向けて歩き出す。学校を出た時もそうだったが、太陽が僕を干からびさせようと絶賛活動中である。喉が渇いたが、1回コンビニに入ったら外に出たくなくなってしまうかもしれない。己を律せよ廣瀬雪矢、ここから厳しい闘いが待ち受けているのだから。


できるだけ日陰を歩きながら進んでいくこと約7分、地下鉄の駅から外れた場所に並ぶ住宅。我が実家とそれほど違いが無いようで安心する。青八木邸のようなものが幾つもあったら仰天するからな、やはり何事も普通が1番。穏やかこそ正義だ。


平日の昼間とはいえ、住宅街は閑散としていた。おばちゃんたちによる井戸端会議は開催されていないし、犬を散歩させる奥様の姿もない。動物たちもこの時間に散歩はしたくないのかもしれない、僕だって外に出るなら午前中か夕方がいいし。


余計なことを考えながらアスファルト道路を歩いていると、目的地らしい家に到着した。


道路に面していて自由に行き来できる駐車スペース、その左隣にある申し訳程度の鉄門入り口。当然鉄門から住宅の扉の間にガーデニングをできる場所はない。そんな素敵空間は青八木邸だけで充分だ。


表札は付いてなかったが、ここが御園出雲の実家だろう。桐田朱里が言っていた情報と一致するし、これで赤の他人が出てきたら桐田朱里を高度なイジメな主犯格として訴えよう。電車賃くらい請求してやらんと割に合わないからな。


さすがに桐田朱里がそこまでのブラックジョークを噛ますはずはないだろうと、僕は家のチャイムを押した。古き良きキンコーンという音が家の中で響いているのが聞こえる。あっどうしよう、急に緊張してきた。物凄い厳つい顔したオヤジさんが出てきて睨まれたら勝てる気がしない、その時は一旦退いて再戦できるタイミングを窺おう。僕としても今日決着を付けたいからな、勝負に負けても試合に勝つスタンスで攻めるぜ。


「あら、出雲と同じ学校の制服」


チャイムに引き寄せられ現れた門番は、御園出雲の面影がある切れ目のマダムだった。髪の色といい雰囲気といい、御園出雲は母親似のようだ。


「どうも、出雲さんのクラスメートの廣瀬と申す者です」


自己紹介をすると、御園出雲より柔和な雰囲気を持つマダムが目を見開いて口に手を当てた。


「廣瀬って、問題児の廣瀬君のことかしら?」

「えっ、別人じゃないですか?」


どうやら僕は、委員長様の実家で問題児扱いされているらしい。咄嗟にしらばっくれたが、いくら何でも扱いが酷いのではなかろうか。


まあいい、この程度の弱パンチは想定済みである。肉を切らせて骨さえ断てればいい、まずはマダムに目的を伝えねば。


「実は今日、出雲さんのお見舞いに訪れまして。一目お会いすることはできますでしょうか」

「あらあら、それはご丁寧にどうも。……ってあれ、学校は? まだやってるんじゃないの?」

「出雲さんにいち早くお会いしたく、駆けつけた次第であります」

「あらあらまあまあ、それは殊勝な心掛けで。もしかして廣瀬君、出雲に気がある感じ?」

「そんな滅相もございません。私など一介のクラスメート、お宅の出雲様とは住む世界が違います」

「……どうしちゃったのあなた?」


しまった、礼儀を意識するあまりへりくだりすぎたか。丁寧にし過ぎて逆に怪しまれるって、本末転倒じゃないか。もうちょっとフレンドリーにお話しよう。


「それでどうでしょう、出雲さんにお会いしても?」

「うーん、せっかくクラスメートの方がいらっしゃったんだし会っていってほしいところなんだけど、ご飯食べて自室に戻ったばかりなのよね。さすがに眠ってると思うのよ」

「そ、そうですか……」


そう言われると、僕も無理に希望を言うわけにはいかない。相手は病人だし、マダムだって心配する。ここは僕が退く以外あるまいか。



「姉ちゃんなら起きてたよー!」

「起きてた! きょーかしょ読んでた!」



一時撤退を余儀なくされていたその時、元気な少年の声が奥の方から聞こえてきた。


すると駆けながら玄関の方へ姿を現す。容姿がそっくりなあどけなさが残る男の子2人だった。


「こら2人とも、お客様の前ではしゃがない。びっくりするでしょもう」

「だってヒマなんだもん」

「ヒマヒマ~!」

「だったらお外で遊んできなさい」

「暑いからヤダ」

「ヤダヤダ~!」

「……なんて生意気な」


マダムは室内で元気に暴れ回る2人を見て溜息をつく。そして僕の存在を思い出して慌てて取り繕った。


「ごめんなさいね騒々しくて」

「いえ、もっとうるさい連中に絡まれてるので問題ないです」

「あはは、何それ」


軽く笑うと、マダムは隣に立つ2人の少年たちの頭を撫でた。


「息子の海斗と陸斗よ。もう小五なのに落ち着きとは無縁で参っちゃってるのよね」

「はぁ」


何とも言えない返事をしてしまう僕。こういう時って何て返すのが正しいんだろう。肯定するのは失礼だし、かといって子どもの前で否定したらつけ上がっちゃうかもしれないしな。


というか小学5年生なのか、言動のせいか随分幼く見えるな。


「出雲がすぐ甘やかすからいけないのよ、だからこんなにワガママになって」

「姉ちゃんを悪く言うな!」

「言うな~!」

「どう思う廣瀬君? お母さん可哀想じゃない?」


だから返答しづらいことを訊いてこないでくれないですかね。


僕らしからぬ苦笑で対応していると、再度マダムの視線が息子たちに向けられる。


「そういえば、お姉ちゃんまだ起きてるの?」


他人様の家の会話に巻き込まれて狼狽えていたが、さっき少年たちがそんなことを言ってた気がする。起きているなら、今の内に会っておきたいところだ。


「起きてるよ! 一緒に遊んでくれなかったけど」


どうやら姉に構って欲しくて部屋に突入したようだが、勉強するからと追い返されたらしい。病人と遊ぼうとする弟も弟だが、勉強している姉も姉である。


「そっか、それならいっか。りっくんかいくん、お客さんをお姉ちゃんのところまで案内してくれない?」

「「する~!」」

「えっ?」


マダムの号令によって、玄関に立つ僕の両サイドに立って腕を取る少年たち。


そしてあろうことか、そのまま僕を家に上げようとした。


「ちょ、まっ! 靴脱いでから!」

「早く早く!」


初対面だというのにまったく人見知りをしない双子たちに圧されながらも、御園家へお邪魔する僕。


アットホームな雰囲気に呑まれてしまったがこれからが本番、気を引き締めなければならない。


「こっちだよ~!」


頭の中を整理しながら、僕は少年たちに引っ張られるように御園出雲の部屋に向かった。

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