第17話 脱出
昼休み残り10分というところで、僕の第一ミッションは終了した。
すんなりといかずに面倒なこともあったが、やりたいことはやった。後は、雨竜の首尾を聞くだけである。
急いで教室に戻ると、クラスメートと談笑する青八木雨竜の姿があった。だらしなく自分の席に座る姿も絵になっており、人は見た目が9割だと改めて認識させてくれる。
まあコイツの場合は見た目だけじゃないから手に負えないんだけどな。
「おっ、やっと来たか汗だく王子」
「余計な修飾語を付けるな爽やか仮面が」
「悪い悪い、汗だく君」
「そっちじゃねえよ」
「えっ、お前自分のこと王子だと思ってるのか? やば……」
うっざ。なんやねんコイツ。
初手から蜘蛛の巣のごとき鬱陶しさで絡んでくるが、付き合っている時間はあまりない。
クラスメート共がフェイドアウトしたのを確認してから、僕は雨竜へ問いかける。
「随分暢気に座ってやがったがお前、任務は無事達成した――――」
「聞かれるまでもねえ、ほらよ」
そう言って雨竜は、僕が託したブツを投げ返してきた。
「あぶなっ! 壊れたらどうすんだアホ!」
「壊れたらお前の気合いでなんとかするしかないな、はは」
「笑い事じゃねえよ……」
僕の気合いでどうにかなると思ってないから頼んでいるというのにケラケラ笑いやがって。
「ちなみに+アルファで仕事したからなかなか良い感じになってるぞ」
「+アルファ?」
「おう」
雨竜から詳細を聞くと、確かに僕の想像以上の行動をしてくれていた。
「お前、昼休みずっとそうしてたのか?」
「まさか、昼飯食べてから指導したさ。せっかくなら少しでも喜んで欲しいだろ?」
まったく、開いた口が塞がらない。桐田朱里と違って詳しい説明もしてないというのに、言われたこと以上の成果を見せてくれる雨竜。何度も思うが、氷雨さんはもう少し雨竜を評価してもいい。
「まっ、俺ができるのはここまでだ。――――後はお前の仕事」
雨竜が僅かに頬を緩めて僕を見る。
そうだ。雨竜は僕の指令を完遂してくれた。指令以上の成果を見せてくれた。
後は僕が、御園出雲と会うだけだ。
「雨竜」
「なんだ?」
「……その、助かった。ありがとう」
「キモ」
「はっ!?」
僕の渾身のお礼は、雨竜の2文字によって一蹴されてしまった。
「朝も思ったが、その恭しい感じのお礼キモい」
「お前、何度もキモいって言うなや!」
「しょうがないだろ、そう思ったんだから」
「じゃあどうすりゃいいんだよ!?」
こちとら自分の慣れない行動に戸惑っているいうのに、真っ向から否定されたら傷つくぞコラ。
そりゃもう怒りながら質問すると、雨竜は両手を上げて肩をすくめた。
「そもそも礼なんていらん、お前と俺はそんなんじゃないだろ」
「はあ!? お前だって僕が梅雨を発見したら礼言ってきただろ!?」
「そりゃケースバイケースだろが! だいたいお前が事あるごとに礼言ってたら喉潰れるからな!?」
「そんなにお前に感謝することねえよ! 自意識過剰か貴様!?」
「自意識過剰はお前だお前! 礼なんて誰が欲しいって言ったんだよ!?」
「ああ言ったな!? 仮にお前に命助けられても頭一つ下げねえからな!?」
「いらねえよお前の感謝なんか! いつもみたいに偉そうにふんぞり返ってろ!」
「そこまで言うならふんぞり返るぞ!? 今からお前に学校脱出の援護してもらうが、一切礼は言わんからな!?」
「いらねえって言ってるだろ! 先生うまくごまかしとくからさっさと行けよ!」
「ヘイヘイ行ってきます!!」
「行ってらっしゃい!!」
いつの間にか、僕らはお互いに声を張り合っていった。雨竜と会話しているとこういうことはよくあるが、残念ながら止めに来る委員長は不在である。
僕は今から、その委員長に会いに行く。
荷物を持って、人通りの少ない通りと階段を利用して学校を脱出する。普段より監視の目が厳しい試験期間だが、まさか授業が終わる前に帰宅しようとする生徒がいるとは思わないだろう。
後は雨竜が上手くやるはず、僕は僕で自分の仕事をするだけ。
そんなことを考えながら、僕は無事学校脱出に成功した。
―*―
廣瀬雪矢が教室から居なくなった瞬間、青八木雨竜は素早くスマートフォンを取り出し、あるところへ連絡していた。
コールしてすぐ、ピッという音と共に声が聞こえてきた。
『もしもし廣瀬ですが』
雨竜が連絡したのは雪矢の父である廣瀬朋矢のスマホだった。雪矢が自分のスマホに連絡してきた際、念のため登録しておいたのだ。
「あっ、えっと、青八木と申しますが」
『もしかして雨竜君かな? こんにちは、いつもゆーくんがお世話になっています』
「い、いえ! こちらこそが妹がお世話になって!」
名前を呼ばれて若干緊張してしまう雨竜。妹の梅雨は進路の件でお世話になっていたが、雨竜自身会話をするのは初めてだった。
『えーっと、それでご用件は何かな?』
「あっ、はい」
一瞬本題を忘れ掛けた雨竜だが、朋矢の言葉で我に返る。別に雨竜は、朋矢と世間話をするために電話したのではない。
とはいえ、言いづらい内容であることには違いなかった。
「その、雪矢君なんですが、ちょっと自主早退のような形を取ってまして」
『自主早退?』
「はい。あっ、でも悪いことをしてるわけではなく! 友人のために行動してまして!」
『大丈夫だよ雨竜君、ゆーくんは理由もなく悪さするような子じゃないから』
朋矢の声は、驚くほどに落ち着いていた。とても息子が学校をサボったのを聞いたばかりとは思えない。
雪矢が父親に懐いているのは知っていたが、なんとなく理由が分かるような気がした。
『ということは、学校から連絡が来るかもしれないけど心配しないでくださいって報告かな?』
「お、仰る通りです」
『わざわざありがとう。確かに事前情報無しだと少し慌ててたかもしれないね、助かりました』
朋矢の言う通り、雨竜が朋矢に連絡したのは、雪矢の行動が問題になり家に連絡がいっても朋矢に心配を掛けないためだった。
そもそも学校を飛び出していることを咎められる可能性も考えていたが、スマホ越しの声からは焦った様子はまるでない。自分の息子を完全に信頼しきった穏やかな声だった。
『それと、ゆーくんと仲良くしてくれてありがとう。ちょっと癖の強いところがあるけど、優しい子だから。これからも仲良くしてくれると嬉しいな』
「は、はい! こちらこそ、雪矢君のおかげでいろいろ楽しいです!」
『そっか』
そこから少しだけ会話をして、雨竜は朋矢との通話を終えた。そして、学校の教室にいることを思い出す。
いつの間にか、会話に夢中になっていた。優しく語りかけてくるから、雨竜も応答がしやすかったのだ。
(なんであの父からあの性格の息子が……)
大きな疑問に首を傾げる雨竜。母親が変わった人なのか、雪矢が特別変異体なのか、それとも後天的に何かあったのか。
しかしながら、それを熟考しても仕方ない。別に雨竜は、今の雪矢の性格に不満があるわけではないのだから。
雨竜は思う。緊急事態とはいえ、朋矢と話せて良かったと。
何故ならば、短い会話の中で1つだけ得るものがあったから。
(今度、タイミング見計らってゆーくんって呼んでみよ)
その時のことを想像して、雨竜は俯きながら笑うのであった。
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