第15話 嘘をついた理由


「へっ、はっ、ちょ、いっ?」


それはもうあまりに想定外な光景で、まともな反応ができなかった。


えっ、何? そんなに嫌だった? 泣いてしまうくらい拒絶されてるの? そりゃ簡単に許してもらえると思ってなかったけど、ここまで反応が顕著だとさすがにショックだ。


どうしよう、引き下がった方が良いのだろうか……?



「――――ってない?」

「えっ?」



泣いていた桐田朱里に動揺したのもあり、不意に紡がれた言葉を僕は聞きそびれてしまった。


今、彼女は何と言ったのだろうか。



「――――私のこと、嫌ってない?」



桐田朱里は、不安げに瞳を揺らしてこちらを見つめていた。どう考えても、1回で聞き取らなければいけない内容だった。


勉強合宿の件で、彼女は僕を嫌いになったものだと思っていた。だから謝罪をしても一悶着あると想定していたし、僕が気落ちしてしまう展開も起こると思っていた。


それなのに今、どうして彼女はこんな縋るような眼差しで僕を見るのだろうか。立場はまるっきり逆だというのに。



「当たり前だろ、じゃなきゃこうして謝罪しようなんて思わない」



だから僕は、強くはっきり彼女に伝えた。仲良くなりたいと思っていない相手にわざわざ謝りに来るか、そこまで僕は人間ができてないんだよ。


「……ホント?」

「何度も訊くな、僕はお前を嫌ってない」

「っ……!」


その瞬間、桐田朱里の顔がクシャッと歪んだ。静かに涙を流していた彼女が、感情を放流させるように声を上げる。


「ふえええええん!!」

「ちょっ!?」


その場にへたり込んだ桐田朱里は、公共の場であることを忘れたように泣き叫ぶ。両手の平で涙を拭いながら、身体を震わせていた。


「良かった……良かったよぉ……!」


ここへきて、ようやく彼女が嬉し泣きをしていることに気付く僕。僕に嫌われていないことが分かって、本気で安堵している様子だ。


「……」


こんなときにどんな言葉を掛ければいいか分からず、僕は正直困っていた。人通りの少ない場所だからいいものの、少しでも目に付く場所だったら僕は完全に犯罪者である。泣いている彼女を放っておくことなどできないが、何もできずにあたふたしてるだけは何も解決しない。


「……はあ」


僕は軽く頭を搔いてから、その場で座る桐田朱里に視線を合わせるように腰を下ろす。彼女の目線がこちらに来たタイミングで、僕は質問した。


「……1つだけ訊かせて欲しい。前も訊いたが、どうして僕を好きになったのに雨竜を好きなテイで行動してたんだ?」


訊こうかどうか悩んだが、結局実行することにした。


僕が必要以上にヒートアップしたのは、間違いなくこの件のせいである。


僕が好きだと大々的な告白をしているのに、それまでの行動と一致していなかった桐田朱里。冷静に思い返せば雨竜に対するアプローチはほとんどしていなかったが、だからといって雨竜を好きなフリをする理由がない。


もし仮に、交流の中で雨竜が桐田朱里を好きになってしまったら、さすがに雨竜が不憫すぎる。雨竜に恋人を作らせたい僕の計画だって破綻する。良いところなんて何一つないのに、どうして桐田朱里は変えなかったのか。ここだけが今も納得いってない。


「何でもいい、少しでも思ったことを言ってくれ。僕がお前に期待してたから切り出しづらかったとか、僕が勘違いしてただけで最初からそんなつもりなかったとか」


しかしながら、前回僕が悪かったのは、桐田朱里の話をちゃんと聞かずにまくし立てたことだ。そんなのでは話したくても話せない。言いたいことだって言えない。


だから今度こそ僕が歩み寄る。こんな廊下の隅で良ければ、何時間だって話を聞いてやるつもりだ。


「そ、そう、だよね。ちゃんと言わなきゃ、分からないよね」


鼻を啜りながら、目元を拭う桐田朱里。やはり理由が何かあったんだな、話を聞く前だというのにホッとする。


「あの、ね。私が廣瀬君とデートした後に言ったこと、覚えてる?」

「雨竜をデートに誘うのをやめるってやつか?」

「うん、それ」


忘れるわけがない。雨竜とうまく話せるか分からないと心配になった桐田朱里と行ったデート。僕が完璧に雨竜をトレースして臨んだにも関わらず、1分も経たないうちに解除を命じられ、普通に出掛けるだけの一日になった。


とはいえそのおかげでそこそこ桐田朱里も雨竜への耐性ができたと思ったのに、雨竜と関係を進めることを止めるというものだから僕の頭は真っ白になったものだ。


「実は、その時に私、もう廣瀬君に気持ちが傾いてて……」

「お、おう」


少し驚いたが、雨竜をデートに誘わなかったことを考えると納得できる。僕に好意を持ち始めたから、雨竜との関係を進めるのに抵抗があったわけだ。


「だけどそれから、廣瀬君と話すことってなくなったじゃない?」

「そりゃまあ……」


当時の僕からすれば、雨竜への関心がなくなった桐田朱里と話す理由がない。彼女へ時間を費やすなら、蘭童殿の応援に精を出す方がよっぽど効率的、と考えたはずだ。その時の僕は。


「その時に思ったの。廣瀬君って、青八木くんを好きな女の子しか興味ないんだなって」

「……まあ、うん」


とても語弊があるというか、誤解を生みそうな言い回しだが、確かにそうだったかもしれない。最初こそ嫌だったものの、雨竜に恋人ができる可能性全てに喜びを感じてたからな。



……えっ、ちょっと待って。もしかして桐田朱里が雨竜への好意を否定しなかった理由って。



「だから、その、私が青八木くんを好きなままだったら、廣瀬君が私に構ってくれると思って……」



桐田朱里の赤裸々話に、僕の目は点になる。驚きすぎて、咄嗟の言葉さえ出てこない。


「ちょ、待ってくれ。一旦整理をさせてくれ」


額に手を当て、混乱する思考を一個一個順に並べていく。


「えっと何だ。僕のことは好きだったけど、普通に話し掛けたんじゃ相手にされないと思ったと?」

「う、うん」


桐田朱里の頬がほんのり紅く染まった。覚悟を決めて伝えた内容を振り返るとか、ちょっとした羞恥プレイかもしれない。だが、僕が理解できるまでやめません。


「でも、雨竜を好いてる状態なら相手をしてくれていたし、前みたいに話すことができると思ったと?」

「そ、その通りです……」


恥ずかしげに俯く彼女を見て、もはやうまく返答できる自信がない。


簡潔に言うなら、桐田朱里は僕と話したいから雨竜を好きな振りをした。僕に話し掛けられたいから、僕と関わりたいから、そのためだけに雨竜が好きだと偽っていた。


あまりに突飛で、とはいえ僕の性格を考えれば的外れでもない作戦。


思わず、僕の口から一言漏れ出た。



「お前……どんだけ僕が好きなんだ……」

「あうぅ……」



彼女の薄紅色の頬が真っ赤に変化するのは一瞬だった。

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