第9話 溢れ出た本心

「……なんで」


無意識に、僕はそう呟いていた。父さんの願いは、人を遠ざけたい僕の思いと相反するものだった。


「父さんは僕の言い分に納得してくれたんじゃないの!? 友達なんて要らないって言葉に同意してくれたんじゃ……!」

「ゆーくん、それは違うよ。同意してないから、ゆーくんに回りくどいお願いをしたんだ」

「だったら最初から言ってくれれば良かったじゃないか! 友達は要らないなんて言うなって! 考え直せって!」

「――――それだとゆーくんが納得しなかったでしょ?」

「っ!!」


僕の叫びにも、父さんは極めて冷静だった。真面目な顔付きで、僕を諭すように言葉を続ける。


「お父さんだって、ゆーくんに無理矢理友達を作って欲しいだなんて思ってない。だからゆーくんが人を遠ざけるって言ったとき、お父さんは止めなかった。ゆーくん自身に、友達が欲しいって思ってほしかったから」


父さんの表情があからさまに暗くなる。こんな父さんを見たのは、4年前のこの件以来だった。


「でも、ずっと後悔してた。中学時代に何も解消されなかったせいで、ゆーくんにとって人を遠ざけることが当たり前になった。お父さんが止めなかったせいで、ゆーくんの中学生活はそのまま終わってしまった」

「そんなの、父さんは悪くない。父さんが悪いと思ったことなんて1度もないよ」


確かに、中学3年間は苦痛に思うことの方が多かった。中学1年時の事件が尾を引いて僕に近付こうとする生徒なんてほとんどいなかったし、尊敬できる人も当然居なかった。中学1年の頃と比べれば、さぞ荒んだ瞳をしていたことだろう。


でもそれは、僕が望んだことなのだ。僕がそうしたいと思ってそうしてきた。そのことで父さんが気に病む必要はない。そんな理由で、父さんが苦しむ姿なんて見たくない。


そう思って、僕が再び父さんに声を掛けようとした時だった。



――――父さんの表情から、いつの間にか憂いが消えていた。



「だからねゆーくん、お父さんは心から安心したんだよ。高校に入ってからかな、ゆーくんが学校のことを話すようになって。そんなこと、今までずっとなかったから」



僕の心臓が、父さんの言葉に反応するように大きく跳ねた。


だって仕方ない。僕のクラスメートには、個性的な奴が多かった。


学年を誇るような美少女が2人、しかも性格が全然違う。


絵に描いたような口うるさい委員長、校則違反上等と言わんばかりの金髪女子。


やる気が全くなさそうな、白衣を身につけた担任教師。


そして、入学して早々女生徒から脚光を浴びまくる男子生徒。


こんなの、気にならないわけがない。気にするなという方が無理がある。



「それでね、体育祭や学園祭に来て泣きそうになった。ゆーくん、ちゃんとクラスメートの輪の中に居て活動してた。すごく嫌そうにしてたけど、間違いなくゆーくんはクラスの一員だった。お父さんがずっと、心の底から望んでいた光景だった」



父さんが目元を拭いながら話すのを見て、僕の目元が徐々に熱くなる。


「きっとゆーくん、いつものように遠ざけようとしたんだよね? でも何人かは離れて行かなかった、ゆーくんと一緒に居てくれようとした。違う?」


その通りだった。僕が遠ざけようと酷いことを言っても、まったく離れないバカヤロウが居た。だからそれに便乗して、いろんな人間がくっついて来るようになった。その時は間違いなく、そんな状況を望んでなどいなかった。


「ゆーくんは前みたいに人が離れるのが怖くて、友達は要らないって思ったんだよね?」


その通りだった。僕が僕を出して僕から離れていくなら、最初から近くに居なくていい。そう思ったから、僕はずっと人を遠ざけてきた。



「でもねゆーくん、ゆーくんが遠ざけようとしても近くにいてくれる子たちなら、ゆーくんから離れていくことはないんじゃないかな?」



そう思いたかった。今話している奴らとは、ほぼ素に近い状態で話している。何ならそれ以上に酷いことを言ったこともある。そんな奴らなら、僕から離れていくことはないんじゃないか。口では何と言おうとも、心の奥底ではずっとそんな風に思いたかった。



でも、ずっと怖かった。そんな前向きに考えて、また僕からみんなが離れていったら。そんな考えが過ぎってしまえば、僕の足はそれ以上前には進まない。あと一歩、進むための勇気をずっと持てずにいた。



「ゆーくん――――今まで4年間、ホントに頑張ってきたね」



不意の労い。苦労に苦労を重ねた、孤独を堪えてきた僕へ父さんからの言葉。



「もう頑張らなくていいんだよ、気を張らなくていいんだよ」

「っ……!」



そう言って頭を撫でられた時、ずっと堰き止めてた感情が抑えられなくなった。



「辛かったよね、苦しかったよね。でももう大丈夫だから。今一緒にいてくれるみんなは、ずっとゆーくんと居てくれるから」

「う、ううっ……!」



ポロポロと目から涙が止めどなく落ちる。あの日から外に出ることなく溜まっていたものが、これでもかと言わんばかりに溢れ出る。


何を被害者ぶってる。僕だって散々他人を傷つけてきたじゃないか。そんな奴に被害者面して泣く資格なんてない、当たり前のことだろ。


そんな風に自分を戒めても、僕の嗚咽は止まらない。僕のことなのに、今の自分をまったく制御できる気がしない。



『最近のお前からは、周りと関わりたくないオーラなんてほとんど感じない』



雨竜の言うとおりだ、言われて初めて実感する。無意識のうちに、僕はみんなに気を許していた。普通に会話をすることに、何の抵抗もなくなっていた。



どうして気を許していたのか、どうして何の抵抗もなくなっていたのか。そんなこと、わざわざ考えるまでもない。


「父、さん……僕……!」

「うん、どうしたの?」


温かく包み込むような父さんの声。ずっと僕を支え続けてくれた父さんに、僕は鼻を啜りながらも伝えた。



「僕……みんなと友達になりたい……! 普通に仲良くなって、普通に過ごしたい……!」

「……うん、ゆーくんなら大丈夫。ちゃんと言葉にできたゆーくんなら、何の問題もない」

「いいのかな……? ずっと僕、酷いこと言ってきたのに……!」

「いいんだよ! それが分かってるなら、これからちゃんと始められるから!」



父さんが席を立ち、机に泣き伏せる僕の両肩を後ろから握ってくれる。とても心強くて優しい手だった。



どうしてずっと混乱させられてきたのか、頭を悩ませてきたのか。


本当にあいつらと遠ざかりたいと思うなら、苦しむ理由なんてなかった。


近付きたいと思ったからこそ、僕は苦しんでしまった。


自分でさえはっきり見えてこなかった心の内だけど、今なら断言することができる。




――――僕はずっと、あいつらと友達になりたかったんだ。

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