第3話 止まらない暴言
翌日の朝、いつもの習慣のせいか、僕は誰よりも早く目が覚めた。雨竜も堀本翔輝も、まだスヤスヤと寝息を立てている。
僕はリュックに入っている着替えを持って部屋の外へと向かう。鳥谷さんからは朝5時から大浴場が利用できると聞いていたので、今の内に朝風呂でも堪能しようと思ったのだ。昨日は人が多くてあまり落ち着けなかったため、今日こそは静かに朝日でも眺めたいものである。
そう思って部屋の外に出た時だった。
「……おはよう」
御園出雲が、どこか覇気のない声で朝の挨拶を噛ましてきた。非常灯の灯りでシルエットがぼんやりと浮かぶが、表情は怒っているように見える。
「おはよう、随分早いんだな」
「なかなか眠れなくてね、結局2時間だけ仮眠してロビーで勉強してた。今はちょっと休憩してたけど」
「……お前、ぶっ倒れるぞ?」
さすがの僕も、少しばかり言葉を失ってしまう。どうして廊下にいるのかと思っていたのだが、まさかずっと勉強していたとは。雨竜に勝って欲しいと望んではいるが、これでは戦う前に試合が終わってしまう。こんな調子で、明後日から4日間戦えるのか。
「……しょうがないでしょ、あなたのせいで眠れなかったんだから」
「……何?」
「後で話す機会を窺おうと思ってたんだけど、ちょうどいいわ」
そう言うと、御園出雲はあからさまな敵意を僕に向けた。
「あなた、朱里に何したわけ?」
――――ああ、そういう類いの話か。
この女から説教のような愚痴のような言葉はずっと聞かされてきたが、冒頭でここまでうんざりさせられたのは初めてかもしれない。
「……どうした? 桐田朱里に泣きつかれでもしたか?」
「そんなことされてないわ、あなたに非があるとも言ってない」
「はっ? じゃあ何を怒ってるんだよ、僕は悪くないんだろ?」
「――――でも、朱里は泣いてた」
一瞬、小さな針が心臓を突き刺すような痛みが走った。でも本当に一瞬だったから、僕の勘違いに違いない。そんなことを考えていた。
「失恋して泣いたって感じじゃなかった、フラれるのは構わないって言ってたもの。それなのにあんなに泣きじゃくるなんて、あなた朱里に何を言ったのよ!?」
平静を装っていた御園出雲の語尾が上がる。心配で眠れなくなるほど、彼女は友人のことを想っているようだ。
ホント――――美しすぎて反吐が出る。
「なあ御園出雲、お前今失恋って言ったけど、桐田朱里が僕を好きって知ってたのか?」
聞き返すと、御園出雲は口ごもった。その反応だけで、彼女が知ったのもつい最近だと理解できる。
「それは一応、昨日聞いたばかりだったけど」
「昨日って、友人つっても信頼されてねえんだな」
御園出雲の眉が分かりやすく吊り上がる。当然だ、そうなるような言い方をしているのだから。
「で、それ聞いてどう思ったんだ?」
「どうって?」
「『あなたは、青八木雨竜が好きだったんじゃないのか』って思わなかったか?」
「っ……!」
御園出雲の返答はなかった。沈黙は肯定だと受け取った僕は、歪な笑みを以て追撃する。
「そうだよな! 僕だってそう思った! あれだけ雨竜にご執心な女がなんで僕なんだと。だから言ったんだよ、『付き合えるなら誰でもいいって思ってるんじゃないか』ってな!」
「なっ!?」
だんまりを決め込んでいた御園出雲が、ついに口を開いた。僕の与えた言葉の刃に、我慢ができなくなっていた。
「あなた、自分を想ってくれてる人になんてこと言ってるのよ!? 朱里は本当にあなたが好きで、だから頑張って告白して……!」
「それが信用できないって言ってんだよ、こちとら告白以前に騙されてるんだぞ?」
「だからそれは……!」
「そうか、お前はそれでいいのか」
「な、何が」
「桐田朱里が僕とくっついてくれれば、ライバルが1人減るんだもんな。そりゃ必死に応援するわな?」
僕の口から、4年間洗練されてきた言葉が次々と溢れ出す。桐田朱里を相手していた時と同様、抑えられる気がしない。
「あはは、随分素敵で合理的な友情だな。感動して思わず僕も涙が出てきそうだ」
「ふ、ふざけないで! 私は心から朱里を心配して……」
「あっ? 何自分の正義感振りかざすのに友人使ってんだよ?」
「っ!?」
「だいたいこれは、桐田朱里が望んでることなのか? あいつは僕に非があるって一言も言ってないんだよな?」
御園出雲は再び押し黙る。怒りに燃えていたはずの瞳は、今にも弱々しく鎮火されてしまいそうだった。
「うぜえんだよ、望まれてもねえのに横から口出してきやがって。委員長面したいのか知らねえが迷惑だ」
「迷惑……」
「そうだ、いちいち突っかかればいいわけじゃねえんだよ。テメエは注意できて気持ちいいのかもしれねえが、
「……」
僕の言葉に、御園出雲は反応しなくなった。どこか気力が抜けてしまったように、完全に遠くを見つめている。
これで話が終わったと思った僕は、立ち尽くす御園出雲を一睨みしてから浴室へと向かう。
――――まただ、どこからか針に刺される痛みを感じる。言いたいことを言うなんて日常茶飯事だったはずなのに、その度に今まで感じたことのない原因不明の痛みに苛まれる。
無視だ、無視。無視しろ。今回だって一瞬だった、そんなものをいつまで経っても引きずるなんて僕らしくない。これから楽しいお風呂の時間だというのに台無しになってしまう。
そうさ、こんなの湯船でゆっくりすれば消えてなくなる。効能を全身で感じていればあっと言う間に違いない。僕は急いで更衣室へと駆け寄った。
しかしながら、痛みの消失を信じて湯船に浸かった僕だったが、結局風呂から上がった後も、不意に訪れる痛みが消えることはなかった。
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