第2話 乙女たちの語らい9

「じゃあみんなおやすみー!」

「おやすみなさい!」

「おやすみ」

「また明日です!」


急遽行われた夜間勉強会を終えた出雲たちは、挨拶を終えると各々の部屋へと入っていく。雨竜は雪矢と翔輝と一緒、晴華と美晴と真宵で1部屋、出雲と朱里で1部屋である。梅雨は元々自室に泊まる予定だったが、本人の強い意志という名の猛反発により、1年生コンビと同じ部屋で過ごすことになった。


「……疲れた」


部屋に入る前に、思わず一息ついてしまう出雲。昼間から集中して自学に取り組んだ後に、皆に勉強を教えるのは流石に堪えてしまった。自分から提案したこととはいえ、横になれば一瞬で眠れそうな程疲労困憊である。


だが、すぐに眠ってしまう訳にはいかない。出雲が疲労を押してでも勉強会を始めたのは、全て親友の朱里と雪矢を2人きりにするためである。


サウナで朱里の気持ちを聞いた時から、そういった機会を作りたいと出雲は思っていた。そのタイミングで雪矢を想っている梅雨の失言を耳にし、裁判のような茶番のような取り組みをすることで何とか雪矢と梅雨を引き離すことに成功したのだ。


勉強会の最中、2人は同じ部屋で何かしら進展があったはず。必要以上に詮索するつもりはないが、手伝った分のリターンはいただきたいものだ。


「……あれ?」


朱里から話を伺おうと少しばかり浮かれ気味だった出雲だが、扉を開けても部屋は暗かった。もうかなり遅い時間だが、まだ2人で一緒に居るのだろうか。


とりあえず部屋の灯りを付けてから朱里に連絡しようと思ったのだが、


「わっ!?」


出雲は反射的に声を上げて驚いてしまう。


――――何故なら、真っ暗の部屋の中に、朱里が蹲るようにして座っていたからだ。


「あっ出雲ちゃん、お帰りなさい」


部屋の灯りに反応したのか、朱里はゆっくり顔を上げて笑みを浮かべる。


その笑みが偽物であることはすぐに分かった。


可愛らしい笑顔がくすんで見えるほど、目の下の痕がくっきりと残っていた。


「……どうしたの」


既に出雲から、浮かれ気分は消え去っていた。状況を見ても、彼女を見ても、ただ事ではないことなど容易に想像できる。それほどまでに朱里から負のオーラが漂っていた。


「どうしたって?」

「はぐらかさないで! 廣瀬雪矢と会ってたんじゃないの!?」


勉強道具を乱雑に置いた出雲は、依然として表情を変えない朱里に疑問を投げた。疑問に思いながらも、出雲の中では1つの答えが出てしまっている。


仮に朱里が雪矢に告白したというなら、結果は火を見るより明らかだった。



「あっ、うん。それなら、うん、フラれちゃった」



あっけらかんと朱里は言った。あまりに端的過ぎて、どんな感情が内包されているのかまったく理解することができない。既に吐き出すだけ吐き出してしまったのか、笑みを絶やすことなく朱里は続ける。


「梅雨ちゃんの件があったからさ、私も気持ちを伝えなきゃって思ってたんだ。だからさ、自分なりに言葉を選んで、廣瀬君に告白したんだ」


朱里は一呼吸置くと、その後の話を出雲へ伝える。


「結果は散々だった。さっきフラれたって言ったけど、多分相手にもされてないと思う。当然と言えば当然だよね、ずっと廣瀬君を騙してたんだから」


騙していたというのは、雨竜が好きというテイで雪矢と話していたことだろう。現状そうなってしまっていることは、出雲も朱里からサウナで聞いていた。


「ううん、きっと廣瀬君を騙したことより、青八木君を騙したことの方が大きかったんだろうな。廣瀬君、青八木君と仲が良いんだもんね」

「朱里……」


ここで、朱里の言葉に水気が含み始める。先程まで何事もなかったように話していたが、心配そうな眼差しを向ける出雲の姿を見て、少しずつ堪えられなくなる。


「フラれるのは全然構わなかった。だって、私自身オッケーをもらえると思ってなかったもん。ただ、少しでも私を意識してもらって、前より仲良くなって、そ、それで、それで……最終的に、付き合えたらって、思って…………思ったのに……!」


そして遂に、朱里の瞼から再度涙が決壊した。それが見られたくなくて、朱里は座ったまま顔を伏せる。


「前よりずっと、可能性なくなっちゃった! 友達としてさえ、付き合えなくなっちゃった! こんな、こんなつもりじゃなかったのに……うう……!」


親友がボロボロに泣く姿を見て、出雲は静かに頭が沸騰していくのを感じた。


あの男が、穏便に済ませられるタイプではないことは重々承知していた。1年の時から乱暴に他人と距離を取りたがる彼を見てきたし、それを注意する度に出雲自身厳しい言葉を浴びせられてきた。


自分だったから我慢できた。何度も戦おうと前向きに考えることができた。


しかしながら、親友のこの姿を看過することなど全く以てできそうもなかった。


朱里に寄り添っていた出雲は、何も言わずに立ち上がり、扉の方へ向かおうとする。


「出雲ちゃん止めて!」


だがしかし、そうする前に朱里が出雲の腕を取った。うるうると揺れ動く瞳を見て、出雲は激高する。


「なんでよ!? 朱里がこんな酷い目に遭って、見逃せって言うの!?」


出雲は、雪矢に文句の1つでも言わなければ気が済まなかった。朱里と付き合えと言うつもりは一切ない、そこまで入り込む資格がないことくらい分かっている。


ただ、今の現状が最適な進み方だとは到底思えなかった。


「見逃すも何も、悪いのは私なの! 私が悪いって分かってるからこうなってるの!」

「……!」

「そりゃね、言い方を優しくしてくれればって思うことはあるよ? でも、今回に関しては身から出た錆だから。廣瀬君が悪いって、本当に思ってないから」


朱里の言葉を聞いて、唇を強く噛む出雲。どうしようもない結果に嘆こうとも雪矢を悪いとは思わない。それが強がりではなく本音だと分かっているから、出雲も反論することができなかった。


「廣瀬君と話せるあの状況を利用しようとした自分が悪いんだから、ちゃんと真っ向勝負してたらこんなことにはならなかったし。……まあ、真っ向勝負だったら廣瀬君と話す機会があったか分からないけどね、あはは」


自虐気味にそう言って、無理矢理笑顔を作る朱里。これ以上出雲に心配を掛けたくないという思いがひしひしと伝わってくる。


「……いいじゃないこれで。廣瀬雪矢なんて忘れて、次にいけばいい。朱里は可愛いもの、良い相手なんて幾らでもいるわ」


朱里に擁護される雪矢を否定するように、出雲は傷心の彼女をフォローする。これで終わってしまったというなら拘る必要はない。雪矢など忘れて次の恋に進めばいいと本気で思っていたのだが、



「ありがとう出雲ちゃん。でもね、恋愛はしばらくいいかな。こんなに消耗してたら、日常生活に支障をきたしそうだし」



礼は言うものの、朱里の心は前向きにはならなかった。次の恋愛を考えるくらいなら何もしないと、はっきり言った。



「それに、そう簡単に忘れることなんてできないし」

「っ!」



寂しそうな笑みを浮かべる朱里を見て、出雲はひどく心を揺さぶられた。


恋愛をしたくないわけではなく、に進む気がないのだとはっきり理解した。


「……そっか。なんて言ってあげたらいいか分からないけど、私には何でも言って。朝まで付き合うから」

「えっ!? 嬉しいけど、出雲ちゃんずっと頑張りっぱなしなのに……」

「いいのよそんなの! こんな時に愚痴も聞いてやれないんじゃ親友の名が廃るわ」

「出雲ちゃん……」



朱里の話を聞いて出雲は2つ決意する。1つ目は朱里が満足いくまで、朱里の話を聞くこと。



「ホントにありがとう、ちょっとだけだから付き合ってくれると嬉しいな」

「ドンッときなさいな」



2つ目は、朱里に黙って雪矢と話をすることだった。

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