第36話 乙女たちの語らい8

梅雨の爆弾発言の消火を終えた後、出雲と朱里は2人でサウナに来ていた。


「それにしても、さっきはびっくりしたわね」


学生の夜に相応しい女子トークを思い出しながら、出雲は物思いに耽っていた。


梅雨が雪矢を好きだと言った瞬間確かに場は凍り付いたが、すぐさま興奮状態になった一同によって梅雨は質問攻めに遭っていた。


なんとなく察してはいたが、梅雨と雪矢は今日初めて顔を合わせたわけではなく、雪矢が雨竜の家に遊びに行く際に何度か会っていたようだ。


初対面の衝撃やその後のやり取りが面白く、元々兄のように慕っていたのだが、両親と喧嘩した際に労ってくれたり進路の相談を親身に受けてくれたりする内に、恋心へ変わっていったという。晴華やあいちゃんもその話を聞いた直後は唸っていたが、とても可愛らしく甘い話だと思う。


「まさか、廣瀬雪矢をね……」


しかし出雲は、直接話を聞いていたにも関わらず、梅雨の話をすんなり受け入れることができなかった。


というのも、出雲にとって雪矢は手が付けられないほどの問題児だからである。


平気で遅刻はするし、体育や勉強を真面目に行う姿はほとんど見たことがない。気付けばマイペースに読書や工作を行っている彼は、委員長をしている自分にとって天敵も天敵だった。


勿論悪いところばかりではないのも理解している。クラスの方針に従って動くときは雨竜と同じくらい頼りになるし、誰が相手でも臆せず靡かず話せるのは美点だと思う。


とはいえ、恋愛対象になるかどうかは話は別だ。マイルドに表現するのであれば、『手の掛かる弟』というのが雪矢に対しての出雲の認識である。


「悪い奴ではないんだけど、異性として好きになるものかしら……って朱里? 聞いてる?」

「えっ、何の話だっけ?」


少し俯いたまま反応のない親友に声を掛けると、案の上彼女は話を聞いていないようだった。


「ちょっと大丈夫? 無理に付き合ってくれなくてもいいのよ?」

「ホントに大丈夫だよ! ちょっと考え事してただけで!」


本人の口から出たように、朱里は今日上の空になっていることが多かった。雨竜の別荘に向かうまではそんなことはなかったはずだが、勉強合宿が始まってからずっとこうである。体調は悪くないと言ってくれているが、どうも心配になってしまう。


ただ、そんな不安定な状態の親友に鞭を打つ真似をしようと言うのだから、自分は最低なのかもしれないと出雲は思う。


「それで出雲ちゃん、話って何?」


出雲は、朱里と2人で話すために一緒にサウナに入っていた。幸い他の客がいなかったため、本題に入るならすぐの方がいいだろう。


この勉強合宿が開催されると分かった時から、出雲はこういった機会を設けようと思っていた。本当はここに来る前に朱里と話すつもりだったが、ずっと先延ばしにしていた。


だが、先ほど梅雨が自分の想いを語るのを見て、このままではいけないと思った。だから急遽、自分の決心が鈍らないうちに朱里と話すことにした。


「その、私、ずっと朱里に謝らなきゃいけないことがあって……」

「謝らなきゃいけないこと?」


御園出雲は、ずっと青八木雨竜への恋心を隠してきた。雪矢から指摘されることはあったが、周りに気付かれている様子はなかった。委員長や勉強以外の関わり方を知らない自分だからこそ、気取られることがなかったのかもしれない。


でも、そんなことをしてきたからこそ――――親友は自分に恋の相談をしてきた。


「恋愛相談してくれたことあったでしょ? 私、そのときは朱里のことを応援するって言ってたけど……」


ここから先を言うのが怖くて、出雲はずっと後回しにしてきていた。親友から嫌われたらどうしようという思いが、出雲を頑なに行動させなかった。


しかし、今は違う。例え親友と不和が生じようとも、これ以上逃げるわけにはいかない。


臆病なままでいるのは止めようと、そう決心したのだから。


「ゴメン! やっぱり応援できない! 私も、青八木君が好きだから!」


その言葉を、朱里の眼を見て言うことはできなかった。気持ちを紡ぐのに必死で、目線を床から外すことはできなかった。


ただ、今度こそ今まで隠してきた気持ちを朱里に伝えることができた。後ろめたい感情を全て拭い取ることができた。


後はもう、腹を割って朱里と話すしかない。例え同じ相手を想っていても、親友として過ごせることを信じて――――



「……そっか、そうだよね。ちゃんと言ってなかったもんね」



予想に反して、朱里の声は明るかった。出雲が拍子抜けしてしまうほどに、朱里からは気にした様子が感じられない。


「あの、朱里?」

「ゴメンね出雲ちゃん、気付いてあげられなくて」

「ちょっと、なんであなたが謝るのよ。謝らなきゃいけないのはこっちで」

「だって、私が相談したとき、ホントは困ってたってことだよね」

「それはそうだけど……」

「だったらこれでおあいこだよ。私も出雲ちゃんも謝った、だからこれ以上謝るの無し! それでいい?」

「朱里……!」


何事もなかったように笑って済ませてくれる朱里を見て、目頭が熱くなってくる出雲。1番してはいけない隠し事をした親友に対しても優しく接してくれていることに、出雲は心の底からホッとしていた。


「それと出雲ちゃん。謝ってもらってから言うのも変な話だけど、出雲ちゃんが謝る必要はないんだ」

「えっ?」

「だって、出雲ちゃんが心配してるようなことは何も起きないから」

「ちょっと、それってどういう……」


安堵した矢先の朱里の物言いに出雲は戸惑い掛けたが、朱里はその理由を出雲の耳元で囁くように言った。


その理由は、朱里と同じ想いを共有していると思っている出雲を困惑させるのに充分過ぎた。


「……うそ」

「嘘じゃないよ」

「嘘だよ、私に気を遣った……」

「嘘じゃないってば、信じてもらえないかもしれないけど」


確かに朱里は、出雲に対して嘘を言っているようには思えなかった。つまり、先ほど小声で言った気持ちこそが朱里の本音ということになる。


「なんで、なんでそうなるのよ。朱里だってずっと困らされてたじゃない」

「そうなんだけどね、気付いたらそうなってたんだから仕方ないよ」

「気付いたらって……」

「出雲ちゃんも分かるよ。これから接していけばそのうち」


そうは言うが、朱里より出雲の方が接している時間は長いのである。とてもじゃないが、朱里の言葉に共感出来る日が来るとは思えなかった。


「それはともかく、これで出雲ちゃんが気にする必要はないって分かったでしょ?」


朱里の言うように、出雲がずっと話せずにいた理由を考える必要はなくなった。同じベクトルを向いていないのに、喧嘩する可能性などどこにもない。


しかしながら、朱里の言うことが正しいのなら、うかうかしていられない事情があるはず。


「それじゃあ朱里、もしかしてのって……」

「うん。薄々気付いてはいたんだけど、まずいなあと思って」


朱里は困ったような微笑みを浮かべていた。あの想いを聞いた後だと、誰だって焦るに決まっている。引っ込み思案の朱里ならば尚更だろう。


「大丈夫なの? 私、何か手伝おうか?」

「大丈夫かどうか分からないんだけど考えてることはあるの。そのために、出雲ちゃんにはフォローしてほしくて」

「任されたわ、何でも言ってちょうだい」

「さすが出雲ちゃん、頼もしいね」


自分のつっかえが取れた以上、今は親友を手助けしたいと思う出雲。


だがしかし、本当に相手を間違えていないか再確認したくなってしまう。


「あのさ朱里、ホントにホント? 実は名字が一緒なだけってことは」

「出雲ちゃん、しつこい女の子は嫌われちゃうよ」

「うっ……」


追及したいという思いは、親友の一言であっさり折られてしまうのであった。

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