第30話 ライバルとして

完璧なる読みにより勝利を収めた僕は、後を梅雨に託し、水分補給をすることにした。


勝ち逃げはズルいと神代晴華や名取真宵に言われたが、今のゲームだけで随分と糖分を消費した気がする。それほどまでに脳をフル回転させていた。


そういうわけで一時退却である。こんな調子じゃ次のゲームで本領発揮できるとは思えないし、後輩組を交えて緩く楽しめばいいと思う。


ちなみに蘭童殿とあいちゃんのことは桐田朱里に任せた。2人が楽しめるよう、適度に話を振ってやってくれ。


ガヤガヤうるさい談話スペースを出ると、対照的に静かなロビーに出る。休憩するにはちょうどいい空間だが、先客がいた。


「……」


その先客――――御園出雲は、先ほどから座っていた椅子から動くことなく机に向かっていた。周りに人がいない分堂々と教科書を机に広げて、視線を行ったり来たりさせている。


おいおい、今は休憩時間だろうが。どんだけ熱心にやってるんだよ。


問題演習に一区切り付いたのか、御園出雲は持参してきたペットボトルのお茶を一口飲むと、同じ姿勢のまま軽く目を瞑る。


「……よし」


数秒で目の休憩を終わらせると、再び勉強に励む御園出雲。いやいや、そんなの休憩したうちに入らないだろうが。


「よしじゃねえよ」


思わずツッコミを挟んでしまうと、彼女はようやく僕の存在に気付いたようだった。しばらく同じ空間にいたはずなんだが、すごい集中力だな。


「どうしたのよ、休憩してたんじゃないの?」

「休憩中に勉強してる奴いたら声も掛けたくなるだろ」

「あなた、随分と嫌な性格してるのね」

「そういう意味じゃねえ……」


引け目を感じる的なニュアンスで伝えたつもりだったが、もっとネガティブに捉えられたらしい。言い方が悪かったのは認めるが、さすがに切羽詰まりすぎじゃないか。


「お前もちゃんと休めよ」

「休んでたじゃない、お茶飲んでるの見たでしょ?」

「あれを休んだって言うなら、今の僕たちはサボってると同義だな」

「休憩時間に休憩してもサボりじゃないわよ」

「だったらお前も少しは頭休めろって」

「いいのよ私は、青八木君との差を縮めるにはここしかないんだから」


そう言われて、僕は言葉に詰まってしまう。


御園出雲は今回の期末試験で今度こそ雨竜へ勝利しようと意気込んでいる。今の行動がその一歩なのだとするなら、簡単に止めてはならないと思った。


「嫌な考え方だけど、真宵と蘭童ちゃんには感謝してるの。青八木君、今日は自分の勉強ほとんどできてないだろうし」


右手のシャーペンを回しながら、参考書を見つめる御園出雲。恋のライバルたちが積極的にアピールしようともそこに焦りの感情はない。


あるのは、青八木雨竜に勉強で勝ちたいという思いだけ。


「なあ、お前どうして雨竜を好きになったんだ?」


ペンを回していた彼女の手が止まる。こちらには目を向けないまま、御園出雲は小さく呟いた。


「別に、大した理由なんてないわよ?」

「大層な理由なんていらん。そんなこと聞かされても困るだけだ」

「ふふ、何それ。自分から訊いておいて」


御園出雲は軽く笑うと、目線と身体をこちらへ向けた。


「私、中学の時はずっと成績は1番だったの。周りからも褒められて、それが嬉しくて頑張り続けてた。1番だったのが当たり前のまま陽嶺高校に入って、最初の試験で初めて私は2番になった」


そこで一旦言葉を区切り、再度話を続ける御園出雲。


「悔しいというより悲しくなってね、自分の存在意義が失われたって思うくらいに。それだけ勉強には自信があったのに負けちゃって、放心気味になってた私に声を掛けてくれたのが青八木君だった」


『さっき成績表見てきたけど、危なかった。次回も気を抜けないって思ったよ。よかったら、これからもお互い刺激し合って高め合っていこう』


「こんな言葉が私はただ嬉しくてね、負けてもなお必要だって言ってくれてるようでさ。ぼやけていた私の視界をクリアにしてくれて、あの時から意識してたんだろうな」

「視界をぼやけさせたのもあいつだけどな」

「そういう茶々入れない。上も知らずに慢心しながら進む方よりマシでしょ」

「まあそうだな」


話を続けながら、少しずつ乙女の顔になっていく彼女を見て、本当に雨竜に恋をしているのだと思う僕。こういう素直な気持ちをもっと早くから雨竜にぶつければいいのに、1年以上も足踏みばっかりしやがって。


「だから私、青八木君に勝ちたいの。勝って、私にライバル宣言したことは間違ってないって思ってもらいたいの。それが、ここまで腐らずに頑張ってこられた青八木君へのお礼になると思うから」

「そうか」


しかしながら、御園出雲の勉強への執着心は応援に値する。彼女が雨竜を負かせば、少なからず雨竜は彼女を意識するようになるだろう。それは彼女が青八木雨竜獲得レースに勝利する上で大きな第一歩となるだろう。下手すれば、地道にアピールを続ける蘭童殿に猛追するやもしれない。僕にとっても悪いことではないのだ。


「お前の想いは分かった。期末試験が終わるまで僕が援護してやるよ」

「援護?」

「お前が期末で雨竜に勝てるようにな。この勉強会も、そういうつもりで企画したんだろう?」


雨竜を好きな人たちを集め、雨竜に勉強を請うような環境をつくる。雨竜が頷いて勉強を教えればその分御園出雲が勉強を進められるし、雨竜が拒めばその2人の関係は気まずいものとなる。ホント、真面目なフリして強かな女だ。


だが、当の本人はまったく理解できていないように首を傾げていた。


「そういうつもりって何?」

「いや、周りの連中を使って雨竜の勉強妨害をさせるっていう」

「はあ!? そんなわけないでしょ! 偶然そうなっただけで、そもそも参加メンバーはあなたが選んだんでしょうが!」


そういえばそうだったと昔のことを振り返る。そんな残虐なことを考えるなら最初からメンバーは自分で決めていただろうしな。


「じゃあなんで勉強合宿なんて開いたんだよ。勉強しない奴にとっては良い刺激になるだろうが、する奴にとっては移動時間削られたり人に教えたりと不安要素しかないだろ?」

「……本気で言ってる? あなただってそれで球技大会の時にからかってきたくせに……」

「球技大会?」


そういえばCクラスとの決勝戦で僕が鼻血を出したとき、ベンチで付き添ってくれていたのが御園出雲だった。借りを残したくない僕の思いをくみ取り、勉強会を提案してきたのがそのときである。


……あっ、そっか。思い出した思い出した、勉強会の意義なんて気にすることなく、僕の追及を受けてこの女は今みたいに頬を赤らめていたっけ。


「……青八木君と一緒の空間で勉強したかったのよ。まったく、隙あらばこうやって私をいじくり回して……!」


観念したのか、御園出雲は照れ臭そうに目を逸らしながら僕に文句を言う。そこに、普段の堅物委員長の面影はない。恋する1人の乙女である。



はあ、普段からこんな可愛らしい態度だったら僕も安堵するんだがな。

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