第25話 同志

蘭童殿に正攻法で戦うようエールを送って数分後、ロビーに集まった皆がそれぞれ椅子に座り、勉強会が始まった。


僕は長机の一番角に行き、全体が見える位置に座った。隣には堀本翔輝、正面には梅雨が座っている。


梅雨の隣からあいちゃん、蘭童殿、桐田朱里、月影美晴が並び、堀本翔輝の隣から雨竜、名取真宵、御園出雲、神代晴華が並んでいる。配置だけ言うなら、隣にいる名取真宵がリードしているように思えるが、問題はこの後だ。


「…………」


勉強会が始まって5分ほど経過したが、一切の会話がないまま字を書く音と参考書をめくる音だけがロビーに響き渡っている。特に陽嶺高校学年トップ3である雨竜、御園出雲、月影美晴の集中力が端から見ていても充分に感じ取ることができる。本来教える側に回らなければならないこの3人が問題集に向かってしまっては、例え分からないところがあっても質問がしづらいだろう。現状、そういう空気になってしまっている。


僕は溜息をつきそうになる。これでは勉強会のテイを成さない。各々が集中できているという面では良いのかもしれないが、僕がそれだと困る。


……まったく、僕がいなかったらこのまま進んでたかと思うとゾッとするな。


雨竜を想っている人間を5人も集めておきながら、何も起きなかったなんてこの僕が許さない。



――――だからこそ、僕は勉強会を開始する前に布石を打っておいた。



「ねえねえユッキー」



それからさらに5分後、参考書を片手に、神代晴華が声のボリュームを落としたまま僕に話しかけてきた。


「……なんだ?」

「ここの問題、解き方教えてほしいなあと思って」

「はあ? そんなの雨竜か御園出雲に聞けよ」

「だってユッキー暇そうだったもん! 教科書も何も開いてないし!」


勝手なことを言いながらニコニコ笑う神代晴華を見て、僕は今度こそ分かりやすく息を吐いた。このまま適当にあしらってもいいが、長く続けば周りに迷惑がかかる。徐々に声の音量が上がってきているし、早めに退散した方がいいだろう。


「……答えられるか分からないぞ?」

「オッケーオッケー、一緒に考えてくれるだけでいいよ!」


そう言って、僕は神代晴華と談話スペースの方へ移動した。こちらであれば奴らに迷惑をかけずに勉強を教えることができる。勉強を教えて欲しい人間は、こっちに来て質問をすれば問題ない。



「……ユッキー、これで良かったの?」

「ああ、上出来だ」



――――そして、これが僕のやりたかったことでもある。



勉強会が始まる前、僕は神代晴華に1つだけ頼み事をしていた。


それは、勉強会が始まって10分ほど順調に進んだら、質問があるフリをして僕に声を掛けろというものだ。


静かな環境の中、質問のためとはいえ第一声を発するには勇気がいる。特に今回は人が多いため、周りの迷惑を考えるとなかなか踏み出せない部分もあることだろう。


だから僕は、神代晴華に質問させた。多少うるさくとも第一声を発する役をやらせた。その流れで、勉強を教えるなら談話スペースに行くという形を作った。ここまで土台を作ってやればさすがにどこかで雨竜に質問する女子たちが出てくるだろう。逆にここまでして雨竜へ向かっていかないなら、雨竜との恋の成就は永久に訪れはしない。当たり前のことだ。


「へへん、ユッキーに頼られた上に褒められた!」


ニマッと嬉しそうに頬を緩める神代晴華。上体を左右に揺らすにつれて、ポニーテールも少し遅れて揺れ始める。


コイツを選んだのは完全に消去法だった。雨竜を想う5人は外すとして、1番勉強をサボらせていいと思ったのが神代晴華なのである。梅雨は受験生だし、堀本翔輝も学力向上のために参加しているしな。


しかしながら、こうして振り返ってみると神代晴華の絡み方はかなり自然だった。事前に頼んだせいでわざとらしくならないか少し不安だったが、不自然に見えるところは特になく、周りにはいつもの神代晴華にしか見えなかっただろう。


僕の口元がいやらしく歪む。くく、そうか。そういえばそうだったな。



「さすが――――全校生徒を堂々と騙しているだけはあるな」



僕の言葉を受けて、神代晴華の笑みの種類が180度変貌した。眉が垂れ、困ったように微笑んでいる。



「人聞きの悪い……って言いたいけど、ユッキーの言うとおりだからなぁ、あはは」



声にハリがないのは、図星を突かれたからであろう。乾いたような笑い声を上げ、神代晴華は話を続ける。


「でも、しょうがないよ。あたしはあたしですごく困ってたし、そうするしかなかったから」

「だったら仲の良い奴らだけでも教えてやればいいじゃないか、余計なこと訊かれて迷惑だろ?」

「それはそうなんだけどね、ここまでくると話すタイミングがないというか、難しいというか」

「まあ正直どうでもいいがな、お前の事情なんて」

「ユッキーならそう言うよね、あたしの数少ないだし」

「一緒にするな。僕はお前みたいなくだらないことをするつもりはない」

「あはは、今日は痛いところ突かれまくりだあたし」


そう言って、目の前の机の上に項垂れる神代晴華。一見だらしなく思えるそんな姿も絵になるのだから、学年トップの人気女子というのは恐ろしい。


「ユッキーはさ、今日みたいにウルルンに彼女ができるよう画策してるけど、ウルルンに彼女ができたらどうするの?」

「どうするって何だよ?」

「ユッキーも彼女作るのかなぁと思って」


机に突っ伏したまま、神代晴華は男共を虜にしそうな上目遣いで尋ねてくる。一瞬、先週末の出来事を思い出したが、それはそれとしてはっきりと答えてやった。


「そんなことは知らん。雨竜に彼女もできていないうちに考えられるか。それに、作りたきゃ勝手に作る。雨竜がどうだろうが知ったこっちゃねえよ」


神代晴華は、僕の言葉を予期していたのか意外そうにすることもなく、ただ嬉しそうに軽く頷いていた。


「うん。やっぱりユッキーと話してるのが1番楽しいや」

「はっ? 楽しい要素なんてどこにもなかっただろ」

「ほら、ユッキーって裏とか下心とかないから、気を張らないでリラックスして話せるんだもん」

「ふざけるな、下心ありまくりだこら。その乳揉みしだくぞ」

「そういうことしたいの? じゃあ触ってみる?」

「えっ、いいの?」

「勿論冗談だけどね」

「ホントそういう意味ありげなこと言うな。だから今でも馬鹿みたいに告白されるんだよ」

「むう。今みたいな冗談はユッキーにしか言わないし。他の人には怖くて言えないよ」

「僕も怖がれや」


イラッときたので、神代晴華の頭に魂のチョップを振り下ろす。


「いたた、ユッキーチョップだ」


それを楽しそうに受け入れるものだから、僕はさらにイラッとしてしまうのだった。

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