第23話 普通でお願いします

「おいお前ら、もう中入るぞ!」


鳥谷さんの紹介を終えたのか、少し離れて会話をする僕らに向けて手を振る雨竜。


「ちょ、ちょっと待って! 案内はわたしがするから!」


兄に声を掛けられ、ハッとした表情を浮かべたかと思うと、梅雨は急いで皆の方へと駆け寄っていった。ウチの学校の人間と交流する機会を少しでも増やしたいのかもしれないが、慌ただしい奴だ。


「どうぞこちらです! 靴はこちらで脱いでください、スリッパは準備してますので」


梅雨の誘導の元、青八木家別荘の玄関に入る僕ら。元々この建物も宿舎だったのか、玄関ロビーは通常の住宅の居間が3つほど入りそうなほど広かった。中央には木製の大きな長机が置いてあり、このスペースで勉強するのだと理解した。


「隣に広めの談話スペースがあるので、ちょっと休憩したり、相談しながら勉強したりするときはこちらをお使いください」


スリッパに履き替え中に入った僕らに、梅雨が1つ1つ説明を入れていく。横に大きいこの別荘は、ロビーの奥に浴室や食事室があり、そのさらに奥に客室があるようだ。2階は主に客室だけがあるようだが、今回僕らが利用することはない。青八木家で泊まりに来る時も2階はほとんど利用しないらしい。勿体ない気もするが、そもそも別荘の時点で利用頻度は高くないのである。


「あ、あの、廣瀬君……」


皆の少し後方から梅雨の説明を聞いていると、横にいた桐田朱里に声を掛けられた。


「どうした? 便所の場所なら浴室の隣で――」

「なんで私が廣瀬君にお手洗の場所を訊くの……」


どうやらトイレを我慢しているわけではないらしい。表情が暗かったから十中八九そうだと思っていたのに。


「じゃあ何だよ。実は槇野さんと鳥谷さんがただならぬ関係か気になってるってことなら相談に乗れんぞ?」

「廣瀬君の想像力って常人とは明らかにモノが違うよね……」

「はは、そんな風に言われると照れるじゃないか」

「まったく褒めてないんだけど」


おかしい。先ほど以上に冷めた視線を送られている気がする。僕の想像力の深さに敬意を表するという話だったはずなのに、どうしてこうなっているんだ。


「そうじゃなくて、その、仲が良いなと思って」

「仲が良い? 誰と誰が?」

「えっと、その、廣瀬君と青八木君の妹さんが、だけど」

「……ああ」


桐田朱里が僕に声を掛けてきた理由をようやく理解する。


つまるところ、初対面のはずの僕と梅雨が仲よさそうにしていたからどうしてなのか気になっているのか。


さすが僕の弟子、良いところに目を付けるじゃないか。梅雨は雨竜の恋人候補がどんな人たちなのか気になっているわけで、梅雨に良い印象を与えることは外堀を埋める意味でも必要不可欠である。


僕が梅雨と仲が良いなら、梅雨との間を取り持つことができると考えたわけだ。梅雨と仲良くなれれば、雨竜とも接近する機会が増えてくる。うむうむ、これは評価が出来る戦略だ。


「雨竜の家に行ったときに交流があったからな、それなりに話せる間柄だと思うぞ?」


僕はそう告げ、桐田朱里からの『梅雨との間を取り持ってほしい』という返答を待ち構えていた。僕と梅雨がただの顔見知りでなければ『梅雨と仲良く外堀埋めよう大作戦』が実行できる。そう思っていたのだが、



「そ、そっか……」



桐田朱里は、僕の想像とは180度異なる困ったような笑みを浮かべていた。


なんだその表情、ここは喜ぶところじゃないのか。どうしてそんな気落ちした顔になっているんだ。


「おい桐田朱里、何かあった――」

「大丈夫大丈夫! ここからが本番なわけで! 気持ちを切り替えて頑張ります!」

「は、はあ……?」


思わず事情を伺おうとしたら、桐田朱里は思い切り顔を左右に振って気持ちを立て直していた。次に顔を合わせると、先ほどとは違って表情が引き締まっていたように思う。あまりに感情の起伏が激しすぎて、僕がついていけなくなってしまっている。


本当に問題ないのか訊きたかったが、桐田朱里は梅雨の説明を聞くべく前の方へ進んでしまった。


うーん、桐田朱里は結局何を知りたかったのだろうか。梅雨と仲良くなりたいと思っていただけに、微妙に拍子抜けしてしまう僕だった。



―*―



ひとしきり建物の説明を受け部屋に荷物を置くと、昼食の時間へそのまま移行した。


時間はちょうど12時過ぎたところで、お腹の具合も準備万端である。


前日から下ごしらえをしていたらしい鳥谷さんの料理は、簡潔に言って最高だった。父さんこそが最高の料理人と信じて疑わなかったが、それを容赦なく脅かす存在が現れたのである。


主菜である刺身や揚げ物は勿論、前菜や吸い物にもこだわりを見せており、皿の中から消えてしまうのは本当に一瞬である。鮎が丸々入った炊き込みご飯を見た時は、反射でよだれが出てしまう程であった。鮎を混ぜ込む前に演出的に見せてくるから鳥谷さんもイヤらしい女性である。


「おい雨竜、ホントにお金はいいのか?」

「子どもがそんなこと気にするんじゃねえよ」

「お前と同い年だよ」


そしてこんなに美味しい食事がふざけたことに無料ただ、僕はこの後恐ろしい事態が待ち構えているのではないかと冷や汗を搔くのであった。



―*―



「廣瀬先輩、ちょっといいですか?」


ちょうど食事を終えたタイミングで、僕は蘭童殿から声を掛けられた。少し後ろにはあいちゃんの姿、本当に2人はいつも一緒だな。


「雨竜、勉強会って13時からだっけ?」

「おう、ロビーに集合だ」


現在の時刻は12時41分、僕と蘭童殿たちは少し早く食べ終えたのか、周りはまだ食事にありついているようだった。神代晴華が月影美晴の分の食事も掃除機みたいに吸い込んでいるように見えたがきっと気のせいだろう。


「よし、じゃあ談話スペースに行くか」

「はい!」


僕らは自分たちの膳を厨房の方へ持っていってから、食事室を出て談話スペースへ行った。その中にあった机の前に向き合って座り、会話を開始する。


「蘭童殿よ、このタイミングで呼ばれたということは、雨竜の件と解釈してよろしいか?」

「さすが廣瀬先輩、その通りでございます」

「あ、あの、2人とも」


両肘を机につき、指を絡めてその上に顎を乗せて向かい合う僕と蘭童殿。その異様な雰囲気に呑まれてあたふたしているあいちゃん。可愛い。


「せっかく廣瀬先輩からいただいたこの機会、私としても絶対に成功させたいと思っているわけです」

「ふむ、良い心掛けだ」


さすがは蘭童殿、僕が何も言わずとも雨竜攻略のために邁進している。どこかの2年ガールズたちは、蘭童殿の爪の垢を煎じて飲むべきだろうな。


「そこで私、1つ作戦を考えてきたわけなんですよ」

「おお……!」


まさか既に考えてあるとは。僕を尋ねたのは一緒に考えて欲しいという意図かと思いきや、この子は僕の想像の遥か先を進んでいる。喜ばしいことじゃないか。


「先輩に声を掛けたのは、実は手伝ってほしいことがありまして」

「うんうん。僕にできることなら何……でも……」


そこまで言って、僕はいつぞやの昼休みのことを思い出していた。


それはまだ、蘭童殿が僕に警戒心を露わにしていた頃で。雨竜攻略のためにどうすればいいか考えていて。


案を思い付いた蘭童殿が僕にやって欲しいことがあるって言って、それで……



「作戦名は『勉強で颯爽お助け大作戦』です!」

「わあああ!!」



こんな風に、蘭童殿とあいちゃんが2人で盛り上がっていた気がする。



あかん。作戦内容を聞いたらツッコミを入れる気しかしない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る