第22話 梅雨チェック

「まあそんなことはどうだっていいんです!」


深刻そうに眉を顰めていたかと思いきや、梅雨は僕から少し離れて軽く両手を開いた。どうでもいいのかよウルルン。お兄ちゃんが変な――――素敵なニックネームで呼ばれているというのにウルルン。


「どうですか今日の服装!? 少し張り切ったんですが!」


そう言って、僕に全貌を見せるべくその場で1回転してみせる梅雨。ワンピースが空気を受けてふわりと浮かび、惜しげもなく健康的な太股を曝け出していた。うむ、自分で張り切ったと言うだけはあるな。


「めちゃめちゃ似合ってる。ちょっと子どもっぽいかと思ったが、梅雨のあどけなさと意外にマッチしてるもんだな」


率直な感想を述べると、梅雨は一瞬目を丸くしてから、少し照れ臭そうにはにかんだ。


「えへへ、そう言ってもらえると頑張って着た甲斐がありました」

「なんだ、無理してるのか?」

「ちょっとだけスカートの丈が短かったかなと思って」

「そうか? 制服とあまり変わらないだろ?」

「制服はいいんです! 自分で選ぶ私服だと着るのに勇気がいるんですよ!」

「そういうもんか」


そりゃ学校指定の制服は選択の余地なく着用するしかないが、本来はもっと丈の長いもののはずである。腰元で折り曲げているのか知らないが、自分で丈を調整しておいて私服とは違うというのはなんとも不思議な話だ。


「まあ無理してるなら着替えてきたらどうだ、替えの服くらい用意して――」

「何言ってるんですか! 雪矢さんから褒めてもらった服を変えるわけないじゃないですか!」

「そ、そうか」


梅雨のために着替えを提案したつもりだったが、当の本人はムスッとお怒りモードだった。開放的な服装が嫌なら変えればと前向きに思っただけなのだが、梅雨さんのお気に召さなかったらしい。


「まったくもう、雪矢さんは乙女心を分かっていません」

「分かろうとしてないからな。女じゃないのに考えるだけ無駄だろ」

「そういう意味じゃないんですが、もういいです……」


僕の言葉に呆れ返った梅雨が、俯きながら大袈裟に溜息をついた。こうもあからさまに沈んだ姿を見せられると対応に困るのだが、梅雨はふと我に返ったように顔を上げた。


「危ない危ない、雪矢さんのお褒めの言葉が嬉しくて忘れるところでした!」

「何の話だ?」


聞き返すと、梅雨は先ほどのように顔を近づけてきて僕にしか聞こえないように囁いてくる。


「お兄ちゃんの恋人候補の話ですよ。今日いらっしゃってる方、皆さんそうなんですか?」

「ああ……」


雨竜と鳥谷さんと話す女性陣をチラリと見ながら、梅雨は思いの外真剣な表情で僕に質問する。


僕の知る限りでは、神代晴華とあいちゃん以外はその認識で合っていると思う。神代晴華には彼氏がいるし、あいちゃんは蘭童殿の付き添いで来ているはずだ。そういう意味だとあいちゃんの心情がどうなのか分かってはいないのだが、実は雨竜のことが好きだったらショックかもしれない。あいちゃんには、僕と蘭童殿だけのあいちゃんでいて欲しいものである。


「恋人候補かはともかく、第一印象はどうなんだ?」

「皆さんお綺麗ですよね、お兄ちゃんと並んでても違和感ないと思います」

「あくまで並んでるかどうかなんだな」

「当たり前じゃないですか、お兄ちゃんは見てくれだけならアイドルにだって負けないんですから」


恥ずかしげもなく宣言をする梅雨を見て、ブラコンが爆発しているとしみじみ思う僕。青八木家の末っ子は、姉と兄が大好きなのである。


ただまあ、『見てくれだけなら』というフレーズに若干毒を感じたのだが、それは深く追及しないことにしよう。


「というか梅雨、見た目とか気にするんだな」

「勿論です。可愛いとか美人とかはあまり気にしませんが、あからさまに太っている方は減点ですね。自分磨きを怠っていますから」

「成る程。ちなみに去年の今頃、僕は今より10キロくらい太ってたんだが」

「雪矢さんのことだから身体作りにハマった時期があったとかですよね、そういうのは不衛生でもないしノーカンです」

「お、おう」


さらっと正解を言い当てる梅雨に僕は思わず口ごもってしまった。そんなに僕の行動原理は分かりやすいのだろうか、軽く馬鹿にされているみたいで徐々に悔しさが滲み出てきた。


「軽くお話ししている限りではどなたでも問題なさそうではあるのですが、こればっかりは深く付き合っていかないと分からないですからね。今日という2度とあるか分からないチャンス、わたしは絶対にものにします!」

「何をだよ」


右手を軽く挙げて握り拳を作る梅雨。その瞳はメラメラと燃えていて、大切な兄のために一肌脱ごうという意志が強く感じられた。


……おそらく、雨竜にとっては有り難迷惑な話なのだろうが。


「そのためにはまず、どうしても皆さんに訊いておきたいことがあるんですが」

「何だよ、子どもは何人欲しいとかか?」

「惜しいですが違います」

「惜しいの?」


冗談で言った言葉だったが、割と真面目に返答されて僕が面食らってしまう。子どもの数が惜しいって何? 梅雨さんは一体何が訊きたいの? そんな何とも言えない不安に駆られていると、梅雨は大真面目な顔つきで言った。


「女性の家系で婿養子が希望だと無理なんです、お兄ちゃんは青八木家を背負って立つ人ですから」

「分かった梅雨、お前は勉強会中ずっと自室だ」

「えっ! なんでですか!?」


ねえ梅雨ちゃん、付き合う前から相手を萎縮させるのは良くないと思います。

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