第38話 球技大会12

勝利が嬉しくない2試合を終えた後、Fクラスのベンチに行っていたことを怒られる僕。どっちの味方なんだとチームメイトから言われたので「セパタクローの味方だ」と返したら何も言われなくなった。哀れみ帯びた視線を向けられながら。この会話、僕は勝利できたのだろうか。


そんなこんながありながらリーグ最終戦、Cクラスとの対戦。前半が始まって少し経つが、相手の強さは緒戦で戦ったAクラス程度であった。神代晴華が言っていたバスケ部集結チームではないようだ。



「廣瀬先輩! こんにちは!」

「おっ」



久保田と一緒にベンチに座っていると、ここにいるはずのない後輩女子2人が姿を現した。


蘭童殿とあいちゃんである。


「どうしたんだ授業中に」

「先輩、ちゃんと時計を見てください。もう昼休みですよ?」

「あっ、そうか」


蘭童殿に指摘されて、僕は開会式の体育教師のスピーチを思い出していた。


球技大会はリーグ戦の関係上、昼休みが通常より30分遅れると言っていた気がする。多少空腹に苛まれるが、他学年と時間をずらせるので学食が混むことはないだろう。売店の主力はほぼなくなってしまうが、食堂派の僕には関係ないことだ。


話が逸れたが今は昼休み、だから蘭童殿とあいちゃんはここにいるのだろう。よく見れば、このコートの周りに生徒が少しだけ集まっていた。雨竜を見に来たというならさすがの集客力である。


「まだ見ていくのか?」

「はい、ハーフタイムまでは見ていこうかと」

「なら立ってないでベンチに座ったらどうだ?」

「えっ、いやお2人が座られているのに」

「問題ない。なあ久保田?」

「後輩の美少女たちか。ったく、アップの時間が増えちまうぜ」


男前の言葉を残すと、久保田はそっと立ち上がりベンチの後ろでストレッチを始めた。


僕は久保田が座っていた場所に移動し、2人にベンチに座るよう促した。


「あ、あの、本当に良かったんですか? 先輩たち用のベンチですよね?」


座っていた久保田がわざわざ移動してしまったことにより恐縮してしまうあいちゃん。根が真面目のあいちゃんらしい心配だが、彼のことならば全く問題ない。


「心配するな。久保田は可愛い女の子に席を譲るのを一生の生きがいとしてるんだ。アップしながら今も気持ちはハッピーさ」

「なんだかすごい性癖の方ですね……」


蘭童殿はアキレス腱を伸ばす久保田を見て、複雑そうな表情を浮かべていた。よかったな蘭童殿、こうして世界の神秘にまた1つ触れることができたぞ。


「か、可愛い……? 空ちゃんはともかく、私も……?」


そしてあいちゃんは両頬を押さえながら顔を真っ赤にしていた。うん、少なくともこの反応は誰がどう見ても可愛いと思う。とても初々しい反応だ。


その瞬間、蘭童殿と目が合う。お互いにニヤリと口角が上がった。どうやら考えていることは同じのようだ。


「何言ってるのあいちゃん、あいちゃんが可愛いのなんて世界共通認識だよ?」

「えっ、ええ!?」

「その通りだ、あいちゃんの可愛さは言語化するのも躊躇われるレベル。世界を飛び越え宇宙へ進出する規模のものだ」

「意味が分からないです!!」

「あいちゃん落ち着いて、可愛いなんて言葉で動揺してちゃダメ。もはや可愛いがあいちゃんなんだよ」

「そろそろ可愛いの単位にあいちゃんが使われる頃だ、世界に名を残したなあいちゃん」

「もういいです!! もういいので試合見ましょう!! そうしましょう!!」


僕らの言葉に堪えきれなくなったのだろう、両手を高速で動かして話を変えようとするあいちゃん。顔色は先ほど以上に噴火しており、照れ臭さも相まって涙目になっていた。さらなる可愛らしい反応を拝めた僕と蘭童殿は大満足だ。


「じゃああいちゃんの可愛さに言及できたところで試合に戻りましょうか」

「もういいから空ちゃん……」


ベンチの上で体育座りをしながら丸まるあいちゃんを横目にCクラスとの試合へ目を移す蘭童殿。


「青八木先輩、ボール運びをしてるんですね」

「神代晴華も言ってたな。本来はフォワードなんだっけ?」

「そうです。まあ青八木先輩ならポジション変わっても問題なく動けるでしょうけど」

「球技大会レベルだしな、うまくやるだろ」


雨竜を追いかけて男子バスケ部に入ったというが、試合を見る蘭童殿の目は真剣そのもの。ある程度知識が増えてきたからこそ、球技大会レベルの試合でも自分なりに分析しているのかもしれない。


「先輩、球技大会って実際のルールとどのくらい合わせているんですか?」

「どういう意味だ?」

「見た感じですが、8秒ルールを取っていない感じでしたので」

「そういうこと。そう言う意味なら通常のルールよりかなり緩和されてるぞ。8秒どころか24秒、3秒も取ってないはずだ。トラベリングにもかなり甘いしな」

「訊いといてあれですけど、先輩バスケ詳しいですね?」

「当たり前だ、僕は3回連続保健体育の期末テストは満点だからな」

「えっ!? 先輩って頭いいんですか!?」


反射的とはいえ、とても失礼なことを言われた気がする。


「テストの点という意味ならそうでもない。保健体育は知識として必要そうだから極めているだけだ」

「はえー、通常の5教科よりもそちらの方が間違いやすいイメージなんですが」

「間違えようがないだろ、テスト範囲全部覚えるだけなのに」

「それができないからみんな苦労しているはずなんですが……」

「雨竜も大抵満点取ってるけどな」

「青八木先輩はそういう人じゃないですか」


あれ? 蘭童殿さっきから僕に厳しくない? 僕はそういう人じゃないの?


「話を戻すが、球技大会は通常よりルールが甘い。審判は1人だしカウントが入るわけでもないから当然っちゃ当然だが」

「それは仕方ないかもですが、時間稼ぎが簡単にできちゃうってことですよね?」

「そんなの意識してやるやつはいないと思うけどな、たかが球技大会で。今でさえこんなにごちゃついてるってのに」


コートを見れば、僕たちBクラスが攻めているのに戻らないCクラスの生徒がいたり、ゴール下に同じチームが3人密集したりと戦略もへったくれもない。


「定石を以て仕掛けてくるならそれを潰すのは楽しいんだが、今の試合はボールに群がるだけで面白みもない。まあ球技大会に求めるようなことじゃないのかもしれないが」

「そういえば、廣瀬先輩は後半から出番ですか?」

「僕は出ないぞ? 疲れるし退屈だし何のメリットもない」

「あはは……」


蘭童殿が乾いた笑い声を上げる。若干引かれたように思ったが、蘭童殿は少しだけ楽しそうに笑みを浮かべた。



「なら、楽しそうな試合があったら出るかもってことですか?」

「そんな試合はないから出ない。以上」

「ええ、そんなのまだ分からないじゃないですか?」

「分かるさ、どうせ雨竜の活躍でうちの優勝。それでおしまい」

「うーん、廣瀬先輩がバスケするところ見てみたかったのに」

「空ちゃん、どっちみち私たち授業あるから見られないよ?」

「そうなんだけど~」



2年の馬鹿共といい蘭童殿といい、どうして僕を試合に出させたがるんだ。実はめちゃめちゃ上手いなんてこともないのに、変に期待されたら余計出にくくなるわ。


まあ、そんな展開になるとは思わないが。



その後試合はBクラスのペースで進み、16-6で勝利した。3戦3勝という結果で、無事決勝トーナメント進出を決めたのだった。

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