第10話 今更な聞き取り
「分かるか君たち、茶の道を極めるには姿勢良くお茶を飲んでるだけじゃダメなんだ。ワビサビの精神を意識し、実践する。そして大事なのは、ワビとサビを一緒くたにしないことだ。ワビサビと括られることが多いわけだが、ワビにはワビの意味、サビにはサビの意味がある。それぞれの意味を理解して茶道の中に活かすことこそが、君たち茶道部の使命と言えるだろう」
「あなた、よそさまの部活で何してるの?」
茶道室で後輩たちに教鞭を振るっていると、呆れた表情を浮かべる御園出雲と苦笑いする桐田朱里がやってきた。
「お前たちか、先輩の分際で遅いな」
「私たちは顧問の先生に呼ばれてたの、あなたこそ何なわけ?」
「さっき部活行く前のあいちゃんと図書室で会ってな、どうしても僕に茶道の何たるかを教えて欲しいというから来てやったぞ」
「あいちゃん、ホント?」
「すみません、別件でお世話になったので先輩にお茶を点てようと思ってお誘いしました……」
「だろ?」
「だろって、あなたの言った話とこれっぽっちも合ってないんだけど……」
御園出雲は困ったように頭を抱えるが、対照的に桐田朱里はあまり動じた様子を見せず、丁寧な所作で靴を脱ぐと茶道室へ入ってきた。
「
「そりゃお前が勝手して会う理由もなくなったからな、僕はあの日からずっとお怒りだ」
「だよね、いろいろ手伝わせておいて何もしてないもんね」
桐田朱里とは、僕の甲斐甲斐しい手解きを受けておきながら雨竜へのアプローチをやめた不届き者である。蘭童殿がいたから良かったものの、あのときのショックはそれなりに大きかったのである。
「それなら今日は私が廣瀬君に茶を点てるよ、その件のお詫びも兼ねて」
「えっ、いいのか?」
「廣瀬君がいいなら」
「ぜひくれ、抹茶飲みたい」
「ふふ、じゃあ準備するね」
何やら楽しそうに返答すると、茶を点てる準備を始める桐田朱里。なんだ、良い奴じゃないか。さすがは僕の元弟子、この程度の優しさは内包していて当然といったところか。
「あっゴメン、あいちゃんはそれでいい?」
「は、はい! 朱里先輩にお任せします!」
「ありがとう」
「あなたたちね、一杯出すのだってお金掛かるのよ?」
「固いこと言うな、お茶の一杯や二杯から五杯程度で」
「何杯いただく気なのよあなた!?」
「出雲ちゃん、茶道室では静かにね」
「おっ、いいこと言うな。お前って偉そうなくせにこういう配慮が欠けてるんだよな」
「くっ、朱里までコイツの味方してるんじゃないでしょうね……?」
「普通の指摘だってば」
桐田朱里は風炉を用いて準備を進めていく。火をつけたばかりとなると時間はもう少しかかるだろう、僕は知り合い3人に質問してみることにした。
「なあ、訊きたいことがあるんだが」
「何よ、藪から棒に」
「お前らって、神代晴華のことどう思う?」
「ホントに唐突ね。何、晴華のこと好きなの?」
「そうなの廣瀬君?」
こちらが質問したはずなのに、それを返さず聞き返してくる御園出雲と桐田朱里。女って本当恋愛方向でものを考えたがるよな。まあこの話も発端は恋愛絡みだけどさ。
「僕が1度でもそんな素振りを見せたことがあるか?」
「じゃあなんで今更そんなこと訊くのよ」
「さっき神代晴華のことを好きだって男子と話してたから、女子目線で訊いてみたくなっただけだ」
そう言うと、2人は少し納得したように頭を整理し始めた。あんまり広めたい話ではないが、堀本翔輝の名前は出してないし問題ないだろう。
「簡潔に言うなら完璧美少女でしょ。可愛いしスタイルもいいし会話も弾むし運動神経も抜群。得意ではなさそうだけど勉強だってそれなりに頑張ってるし。距離感把握ができてないのと隙がありありなのが弱点かしらね」
「全然完璧じゃなくないか?」
「馬鹿ね、そういうところを含めて完璧なのよ。失敗もしないし隙もないじゃ近寄りがたいじゃない。そこへいくと晴華のバランスってホント絶妙だと思うのよね、適度に隙があるから皆フォローしたくなるというか。あれが計算なら嫌な女にしか見えないけど、晴華はどう見ても天然だからね、保護してあげなくちゃってなるわ」
「成る程な」
御園出雲の話は非常に納得のいくものだった。完璧と言われれば雨竜のような超人を指すのものだと思ったが、人間関係を踏まえるとそれが最適なのかは別問題になる。確かに、凄すぎる奴って案外孤立することもあるんだよな。例え超人でも人と同じ目線まで下りてきてくれるならこちらとしても話しやすいし、そっちの方が完璧に見えてくるかも知れない。うむうむ、なかなか興味深い話だ。
「私はほとんどお話ししたことないから第三者的になるけど、一緒にいると楽しいんだろうなって思うよ。神代さんっていつもニコニコしてるし、弄られキャラみたいなところもあるみたいだから」
桐田朱里が、器の準備をしながら今度は答えてくれる。女子であっても話してて楽しそうという意見は出るようだ。
「あいちゃんはどう思う?」
「わ、私ですか? 数回しかお見かけしてないですが、凄い人オーラが全開でとても声は掛けられないですね。クラスの男子たちが話題に出してることはあったので、人気は人気だと思います」
「あいちゃんたちは晴華のドジっぷりを知らないからね、声かけづらいってのも分かるわ」
「だが男子には人気なんだな、さすがというべきか」
3人の話を聞いて思ったのは、一目見て話題にするほどには見た目のスペックが高いこと。凄い人オーラがあるため声は掛けづらいが、実際話せば凄く楽しく、そこから垣根がなくなってしまう。
ああ、これは奴に惚れる奴が大量発生してもしょうがない。女子ですらそこまでマイナス評価がないんだ、男子ならもっと盲目的になってもおかしくないだろう。
「廣瀬君は、男子の相談も乗ってあげてるんだね」
堀本翔輝の敵は多そうだと思案していると、不意に桐田朱里がそんなことを言った。
「別に話を聞いただけだ。何かやってやるつもりはない」
「だとしても、相談してもらえるってよっぽど信頼がないとできないと思うよ」
そう言われればそうかもしれないが、いかんせん僕はそこまで信頼されることをした記憶がない。堀本翔輝と話すことは何度かあったか、ぶっちゃけ最近まで忘れていたくらいなのだから。
「それでね廣瀬君、この流れで少し照れ臭いんだけど」
そう言って、耳に掛かる髪を掻き上げる桐田朱里。僅かに頬が紅潮しているのは風炉の熱さのせいだろうか。軽く呼吸を整え僕の方を見据えると、
「
言葉を濁しながら、僕にとって大朗報となる言葉を紡いだのだった。
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