第11話 個人的駆け引き

部活動終了20分程前になったところで、僕は茶道室を後にした。

桐田朱里から抹茶をご相伴に与ったし、大変満足な気分である。あいちゃんが僕のことを同級生に話してくれたのか居心地も悪くない、御園出雲がいないタイミングを狙って訪れるのは今後もアリだな。


「廣瀬君! ちょっと待って!」


少し早めに体育館に向かおうとしたところで、後方からの声に足を止める僕。

振り返ると、桐田朱里が手を上げながら僕を呼んでいた。


「どうした、部活はいいのか?」

「うん、ちょっとだけなら。さっきの話の続きもしたかったし」

「そうだ! さっきの話、いったいどういうことなんだ?」


皆がいる手前僕はその場で追及することを遠慮したが、桐田朱里の言葉の意味はいち早く理解したかった。明日以降になるかと思ったが、今日訊けるなら訊くに越したことはない。


「僕はてっきり雨竜のことを諦めたのかと思ったんだが、そういう意味じゃなかったのか?」

「えっ、えっーと、うん、そうなるのかなぁ……」


なんだこの煮え切らない反応は。目がやたら泳ぎまくってるし汗をたらたら流してるし。いや、汗はさっきまで風炉を扱ってたからか。こんな時期に火を扱えばそりゃ汗も搔くか……ってそうじゃない、雨竜のことだ雨竜の。


雨竜とのデートを見直したいと言ったのは彼女で、それを聞いた雨竜もこれ以上手伝っても意味はなさそうだと言っていた。つまるところ、桐田朱里は諦めたのか心変わりしたのか、雨竜へのアプローチをこれ以上しないのだと思っていた。


しかしながら、ここへきて桐田朱里からの改まった相談。潰えたと思ったところからのまさかの復活。2週間の冷却期間を経て心境の変化があったのかと期待したものだったが、本人の反応が鈍いことが気がかりだった。


まあいい、抽象的な話をしてても進まない。相談があると言っていたのだからそれを聞いてやればいいんだ、それで僕も現状を把握できるだろう。


「で、僕を引き留めた理由は? 相談があるんだろ?」

「そ、そそ、そうだんです」

「あっ? 今なんて?」

「ちちち違います! 噛んだんです! ギャグじゃないです!」


一瞬身の毛もよだつ強烈な親父ギャグを耳にしたような気がしたが、桐田朱里の慌てようを見て気のせいだったと判断する。というかコイツ、さっきからどうした? 僕の質問にまともに答えてくれないんだが。



「で、デート! デートをしませんか!?」

「はっ?」



脈絡がなさ過ぎる発言に、僕は唖然としてしまった。

デート? なんでデート? というか僕とデート?

相手を間違えてないかと思ったが、そういえば雨竜とのデートを想定して桐田朱里と池袋の街へ繰り出したことがあったな。


「もしかしてあれか? 前みたいに雨竜とデートする前に僕で特訓するというやつか?」

「そ、そう、それ!」


成る程、さすが勤勉代表。気持ちを切り替えた瞬間にすぐに修業へ勤しむとは、誰かさんに垢を煎じて飲ませたいくらいだ。

……あれ? でも前のデートでの終わりで、雨竜とは普通に話せそうって言ってなかったっけ? まだ特訓は必要ってことなのか?



「や、やっぱり今のデートなしで!!」

「ええ!?」



桐田朱里は、顔を真っ赤にさせながら顔の前で大きく両手でバツを作っていた。



「……ああダメ、さすがに良心が痛む……いくらなんでも自分勝手すぎ……」



どうしたんだ弟子よ、情緒が不安定すぎるぞ。ぶつぶつ言葉を吐き出しながら、今度は泣きそうになっている。いったい現状何と戦っているんだ。



「おい、とりあえず落ち着け。別に相談なんて明日でもいいし、一旦部活に戻ったらどうだ?」



僕が気を遣ってしまうほどに今の桐田朱里は見ていて危うい。

僕も体育館に行く用があるし、すぐにまとまらないなら明日以降の方が助かるんだが。



「だ、ダンス! ダンスを覚えます!」



唐突に宣言された。割と真面目な顔つきで。

どうしたんだ、今日のお前はどうしてしまったんだ。僕が期待しすぎて壊れてしまったのだろうか、どこからダンスという言葉が出てきたのだ桐田朱里よ。


目の前の少女をガラにもなく心配していると、スーハース―ハー急ぎで深呼吸を挟んでからこちらへ視線を移した。


「『恋するシュリちゃん』の振り付けを覚えようと思うんだけど、廣瀬君にも手伝ってもらおうと思って!」

「なんだって!?」


なんだその胸熱展開は!? さっきからやけに挙動不審だと思ったら、このことを言おうとしていたのか! まったくこの女は、1ヶ月弱かけてようやくアレの良さを理解してくれたか、僕は嬉しいぞ。


「相分かった、そういうことなら力を貸す。音源と映像が必要なときは言ってくれ」

「い、いいの?」

「いいに決まってるだろ、シュリちゃんがついに3次元に飛び出すんだ。クリエーターの端くれとして関わらせてくれ」

「うん!」


嬉しそうに声を弾ませると、桐田朱里は再び僕に聞こえないボリュームでボソボソ何かを口ずさんでいる。



「……これならいいよね、廣瀬君喜んでるし……自分勝手じゃないし……」

「さっきから何言ってんだ?」

「なな何でもないよ! 個人的な駆け引きに精を出してるんだよ!」

「はあ……」



イマイチ要領を得ないが、先程までの危うさみたいなものは感じないからいいとするか。



「それじゃあまた今度、僕は用があるからもう行くぞ?」

「う、うん! また今度!」



桐田朱里と言葉を交わして今度こそ体育館へ向かう僕。

桐田朱里が恋するシュリちゃんを踊ってくれる喜びに浸ってすっかり忘れていたが、まったく雨竜絡みでないことを思い出した。

あれ、結局相談事って何だったんだろう、シュリちゃんのことでよかったのか。

まあいいか、何かあればダンス覚えてるときに相談がくるだろ、その時に解決してやればそれでいい。



できることなら体育館での予定をすっ飛ばして自室のパソコンをすぐにでも弄りたい僕なのだった。

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