第6話 カーディガン

「3人とも、こんにちは」

「ゴメンねミハちゃん! 待たせちゃった?」

「ううん、そんなに待ってないよ」


雨竜と神代晴華の会話を聞きながら食堂に着いた僕らは、食券購入のために列に並んでいた。その間に月影美晴が食堂に着いたため、4人席の場所取りをしてもらっていた。彼女は弁当組のようなので。


そして今、僕らは注文した昼食をトレイに載せて、月影美晴が確保していた場所に着席する。僕の右隣に雨竜、正面に月影美晴、斜め前に神代晴華が座った。


「なんか久しぶりだね、4人でご飯食べるの」

「そうなの! ユッキーが許してくれたんだ!」

「そっか、よかったね晴華ちゃん」

「ねー!」


早速生み出されるゆったりアホアホ空間。この空間内では、神代晴華の精神年齢が下がり、月影美晴の精神年齢が上がる。姉妹というか親子というか、とても同学年とは思えない緩い会話が継続されるため僕はそう認識している。


しかしアレだ、予想はしていたが周りの注目を集めまくっている気がする。僕が蘭童殿とあいちゃんへ物乞いまがいのことをしていたときもそれなりに視線を感じていたが、今回はその時の比ではない。


そりゃそうだ、単体で注目を集める存在が3人も集結しているのだ。気にするなというのが無理な話なのである。


「晴華ちゃん、相変わらずいっぱい食べるね」

「部活あるししっかりエネルギー貯めておかないとね! ミハちゃんはお弁当自分で作ってるんでしょ?」

「うん。早起きしてるし朝は時間に余裕があるからね」

「言ってみたいそのセリフ! あっ、タコさんウィンナー! 1つちょうだい!」

「いいよ、じゃああーんして?」

「あーん!」


そしていつの間にやら目の前で展開される恋人同士のようなやり取り。こういう一部の人間に絶大な人気を誇りそうなことをするから視線を集めるというのに、2人とも素でやってしまうのでどうしようもない。この光景を間近で見せられている僕らはどんな反応をすればいいんだ。周りの男共のように「ま、マジ尊いっす」って思っとけばいいのか、断固として拒否するが。


チラッと右隣に視線を移すが、コイツはコイツで普通に昼食を食べていた。どいつもこいつもマイペース過ぎるだろ、一緒に集まった意味がまるで感じられん。


「そういえば、球技大会の話したいんだっけ?」


ニコニコ微笑み合っている女子2人に対し、雨竜がふと思い出したように話を振った。そういえばそんなことを言ってた気がする。


「そうそう忘れてた!」


ウィンナーを頬張って嬉しそうにしている神代晴華が、もはやこの会の意義を損なう発言をする。忘れてたならこの昼食会、もう解散でいいだろ。落ち着いてご飯も食べられないんだが。


「今年の球技大会、男女ともにバスケという結果になりましたが、Bクラスは選択を誤りましたなぁ」


ふっふっふとわざとらしく笑う神代晴華。女子はまあコイツがいるわけだしそりゃ強いだろうけど、なんで男子までそんな風に言われるんだ。こっちには雨竜がいるっていうのに。


「晴華ちゃん、どういうこと?」

「なんと我らがCクラスには! 男バスメンツが4人いるのですよ、しかも2人はレギュラー!」

「そうなのか?」

「うん! いくらウリュンがすごいって言っても、経験者4人相手じゃどうにもならないでしょ?」


どうやらこのことを言いたいがために、わざわざ昼食会に参加したかったようだ。びっくりするほどどうでもいい内容である。


「Bは俺だけだしな、さすがに4人もいるとキツいね」

「はあ? そんな甘えが許されると思うな。バスケの道を選んだ以上、どんな壁をも勝利で乗り越えるのが貴様の使命だ」

「いや、俺の第一希望サッカーだったんだけど」

「くっくっく、まさか往く道さえ自分で選択できないとは、哀れだな雨竜」

「お前が余計なことしなきゃサッカーで決まってたんだよ!」

「夏の日差しに晒されてサッカーなんてできるか!」

「体育館だって暑いのは暑いんだよ、日差しの分マシってだけで」

「知らん。僕はサボるし関係ないね」

「2人とも、いつ見てもそんな感じだね」


僕と雨竜の会話を聞いていた月影美晴が、微笑ましげに僕らの様子を窺っている。だからその保護者的な目線は何だよ。


「でもユッキーの気持ちも分かるなあ、これからもっと暑くなるし太陽の下って抵抗あるよね」


神代晴華は左手を団扇のように動かして自分へ風を送り込んでいる。夏の初めとはいえ、気温は少しずつ上がり、肌にまとわりつくような暑さが僕のやる気を容赦なく奪っていく。


「いやいや、お前は僕に同意してくるが、僕はお前に同意できないところがある」

「えっ、何?」

「月影美晴、お前もだ」

「私も?」

「そうだ、お互い暑いのが嫌って認識は合っているな?」

「うん、春とか秋の方が過ごしやすくていいと思うけど」


僕の質問にポカーンと理解を示せない女子2人。回りくどいのは面倒なだけなので、はっきり2人に言ってやることにした。



「お前たち、何故カーディガンを装着してるんだ?」



僕は夏服姿の2人を見たときから、どうしても言いたくて堪らなかった。開放感たっぷりの夏服の上にどうしてカーディガンを身につけるのか。暑いのは嫌だと主張しながら、神代晴華は水色のもの、月影美晴は紺色のものを身につけているのである。


「私はまだ少し肌寒いから、これ着てると安心できるし」

「えっ、肌寒いの?」

「うん。夏でもカーディガンは欠かせないかな」


月影美晴の意見を聞いて僕は驚いた。男女の体感温度は2度違うとよく聞くが、こんな暑そうな長袖を着込まなければいけないレベルだとは思いもしなかった。彼女が特別なだけかもしれないが。


「お前もそうなのか?」

「うーんと、どうかな。ミハちゃんほどじゃないし、暑いときは確かに暑いんだけど……」

「なんだその煮え切らない態度は。必要ないなら装着するな、僕は夏服越しに透けるか透けないかを堪能するのが唯一の楽しみなんだぞ?」

「うん、まさにそれ対策なわけなんだけど」

「何!? 対策だと!?」


まさかの神代晴華の発言に開いた口が塞がらなかった。カーディガンって寒いから着てるんじゃないのか。


「うーん、だってキャミとか透けちゃうの嫌だし、ただでさえ視線気になるのに……」

「晴華ちゃん胸大きいもんね」

「うう言わないで! 気にしてるんだから!」


神代晴華は恥ずかしそうに顔を両手で覆う。月影美晴の発言がどうやら心に刺さったようだ、何故だかよく分からんが。せっかく立派に育ったものがあるんだから自慢するくらい堂々としてればいいのに。


しかしながら、カーディガンとはそういう意図で夏も着られていたのか。女子はこんなに寒がりなのかと去年の夏も思っていたのだが、まさか女子から先手を打たれていたとは。


「……ひでえよ、男の数少ない楽しみを奪うなんて……いいじゃないか、減るもんじゃないのに……」

「ユッキー、すごく哀愁漂ってるね……」

「同情するならカーディガンを脱げ」

「あはは、ホントユッキーはブレないね」


悪魔だコイツ、僕がこんなに悲しい気持ちを抱いているのに笑ってやがる。


「でも雪矢君ってそんなに女の子を目で追ってるイメージないけどね」

「だよね、ユッキーからそういう視線ってほとんど感じないもん」

「雪矢は口だけだからな、行動には起こさないファッションスケベ野郎だ」

「誰がファッションスケベだ、何なら今からずっと視姦してやろうか?」

「ムキになるユッキー可愛い」

「可愛いね」

「可愛くない!!」


もうやだこの空間、だから嫌なんだ誰かとご飯食べるのは……

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