第7話 約束2
「ユッキー! ウリュン! ミハちゃん! お昼ありがとね、すっごく楽しかった!」
僕にとってほとんど利がない昼食会を終えると、移動教室だからと神代晴華が先に離脱した。数メートル進んで後ろを振り返る姿は、懐きに懐いた犬を想像させた。
「良かったな雨竜、ニックネームに3文字使われたぞ」
「ここまできたら普通に名前呼びでいい気がするんだが」
「そんなこと言って聞く奴じゃないだろ」
「だよな、どうせ明日にはウルルンに戻ってるだろうし」
「気の毒だな」
「そう言う割にはにやけてるけどなお前」
当たり前だろ、お前が困っていると僕はそれが嬉しいんだからな。
しかしだ、今日は本当に勿体ないことをした。
せっかく雨竜と月影美晴を同じ席で食事させられたのに何も進展させることができなかった。僕がそうしようとする精神的余裕がなかったことが一番の理由だが、彼女ももう少し積極的に動いてくれればと僕は思う。そりゃ自分から動ける勇気があるなら、僕の同行なんてとっくに突っぱねているとは思うが。
「雪矢君、ちょっといいかな?」
3人で教室へ戻ろうとしたところで月影美晴に声を掛けられる。わざわざ僕を呼んだということはこの輪の中で話すことではないのだろう。
「雪矢、俺先に戻ってるから」
「おう」
「雨竜君、今日はありがとう」
「こちらこそ、また機会があれば」
「うん」
そして完璧に空気を読み取る雨竜。月影美晴と軽く挨拶を交わすと、気を遣って先に教室へ戻ってくれた。相も変わらず隙のない男である。
「どうしたんだ、雨竜のことか?」
というか基本的に、月影美晴と話す内容は雨竜に絡むことが多い。そのために保健室やらいろんな場所に呼び出しを食らっているのだから。
「ううん、今日はちがくて」
「違うだと、じゃあ僕が聞く義理はないな」
「そうなんだけど、せっかくサボリ仲間見つけたし」
「サボリ仲間?」
何のことだろうと思っていると、月影美晴が本題を切り出した。
「球技大会の日さ、一緒に行動しない?」
微笑みながら放たれた言葉を、僕はすぐに呑み込むことができなかった。
だが、『サボリ仲間』というワードを思い出し納得した。
「雪矢君、球技大会サボるんでしょ?」
「勿論だ、一日中身体を動かすなんてやってられるか」
「とはいっても、体育館付近にはいるよね? 他の教室に行って先生にバレたら怒られちゃうし」
「まあそうだな、体育館のどっかでのらりくらりしてると思うが」
「私もそんな感じだから、話し相手になってくれると嬉しいな」
成る程、そういうことなら雨竜絡みではないが検討してもよさそうだ。
月影美晴の場合はサボリではないし、運動に関しては同情の余地もある。どうせ僕だって時間を持て余しているんだ、暇人同士適当に話しているのも良いかも知れない。
「でもよ、試合に出てない女子たちと交流はできるんじゃないのか。体育館から離れなければずっと自由時間みたいなもんなんだし」
「私に気を遣って欲しくないの。みんな、私が1人で見てると心配して声かけてくれるから」
月影美晴らしい理由だと僕は思った。球技大会に勤しんでいる皆へ、余計な気を遣って集中を乱して欲しくないのだろう。皆が皆そこまで球技大会を真剣にやるわけでもないから、彼女の方が気を遣いすぎな気もするが。
「分かった。開会式終わったら落ち合うか、雨竜の邪魔が入らなければだが」
そう言うと、月影美晴はいつもより少し無邪気な笑みを浮かべた。なんだ、大人びた微笑み以外にもできるんじゃないか。見慣れなかったがさすがハレハレの一角、ギャップだけで何人も堕とせそうな破壊力があるな。
「ありがとう。雪矢君のおかげで、球技大会楽しみになったよ」
「過度な期待はするな、面白い話なんて準備しないぞ」
「雪矢君が面白いから大丈夫だよ」
「褒められてる気がしないな……」
そんな風に会話を進めながら、教室へ戻る僕と月影美晴。
雨竜絡みじゃないから別に雨竜がいても問題なかったのではと思ったが、サボりの話を雨竜の前でしてはいけないと思ってくれたのだろう。確かに雨竜に小言を言われては話が進まない。
僕としては長い球技大会の時間を適度に潰せる程度にしか考えていなかったが、まさかあれだけの人数が集結するとはこのときは思いも寄らなかった。
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