第36話 ハレハレのお誘い
「なあ雪矢」
時は放課後。終礼が終わり各々が部活動へ勤しもうとする中、このタイミングでは珍しく雨竜が声を掛けてきた。
「嫌だ」
「まだ何も言ってないだろ」
「終礼終わったらさっさと体育館に向かうお前が僕に声を掛ける時点で悪い予感しかしない、よって却下」
「まあ話を聞いたら心変わるかもしれないだろ、聞くだけ聞いてみろって」
何だ、やけに食い下がるなコイツ。普段はあっさり引き下がるくせに何か引くに引けない事情があるのかもしれない。隣の席のよしみで聞くだけ聞いてやるか。
「何かあったのか?」
「バスケの球拾いしてくれない?」
「よくその内容で心変わりするって思ったな、頭大丈夫か?」
聞いて損したって大袈裟に言う奴がたまにいるけど僕は心の底から思いを込めて言える。聞いてえええええええええええええ損、したっ!!
「まあそう言うなって、どうせ暇だろ?」
「暇だとしても絶対にその選択肢は選ばない。お前ムカつくし」
「冷静になれって、バスケ部の手伝いってことはマネージャーである蘭童さんとも接点ができるってことだぞ?」
そういえば蘭童殿、男子バスケ部のマネージャーやってるんだっけ。でも今後の動きは蘭童殿に任せているし、わざわざ会いに行って作戦会議するってのも良くないよな、蘭童殿を信じていないみたいで。そもそも部活動している最中にそういう話をしてること自体がアウトな気がするんだが、次期部長様はいったい何を考えているんだ。
……ちょっと待て、仮に蘭童殿との作戦会議が許されたとして、どうして雨竜がそれを進めてくる? 雨竜が蘭童殿との関係に前向きであれば、桐田朱里のときと同じように僕を介さずともデートの1つや2つさらっと行ってしまうだろう。どうしてわざわざ僕を絡ませようとするのか。
あまり考えたくないが、蘭童殿対策だろうか。先ほどとは逆に雨竜があまり乗り気でないのであれば、僕を蘭童殿との緩衝材にすることで部活動に励みたいのかもしれない。彼女が部活動の邪魔をするとは思えないが、後ろ向きなことを考えるとこういう可能性もある。
だがおそらくこれは違う。こういった場合でも雨竜なら自分で解決を図ろうとするはずだ。他人に押しつけて迷惑をかけるなど以ての外だろう。
となれば、これは雨竜が喜ぶ話ではない。球拾いに勤しむ僕を見ていろんな意味で喜ぶかもしれないが、そういうのは抜きにして考えてみる。
「おい雪矢どうした、急に黙り込んで」
雨竜の声は当然無視して、雨竜の本心を探る旅を始める。
僕が球拾いをすることが大事か、大事ではない。
僕がバスケ部にいるのが大事か、これは考えられるが、どうしてなのかが結びつかない。
うーむ、ちょっと考え方を変えるか。自分がバスケ部で球拾いしているところを想像してみよう。
バスケ部がパスミスしたボールがコートの外へと抜けていく。それを懸命に追いかける僕。部活動中は体育館の使用を分配するため、コートとコートの間には天井からネットが下ろされている。それに引っかかれば問題ないが、角の方を抜けていくと他の部活へ迷惑をかける恐れがある。男子バスケ部は第一体育館での活動で、他には女バスとバド部、ステージの上では演劇部が活動する。演劇部まで迷惑をかけることはないだろうが、隣の女バスだとしょっちゅうボールが行ったり来たりするのではなかろうか。
――――――あっ、分かった。
成る程、ようやく腹に落ちた。大事なのはバスケ部にいることではなく、体育館にいることだったんだな。
「神代晴華に何か言われたな?」
そう言うと、雨竜は隠す素振りを見せずに、ちょっと間を置いてから「お見事」と呟いた。
「よく分かったな、今の話だけで」
「僕を謀ろうなんて100年早い、出直してこい」
「今のは素直に感心したよ、その頭の回転を平和のために使えたらいいのにな」
おい。素直に感心したんじゃなかったのか。一言余計だコラ。
「昼休みに神代さんからライン来てさ、放課後ユッキーを体育館に連れてきてほしいっていうから」
「そりゃ残念だったな。話の作りがお粗末な青八木雨竜君とやらを恨むよう返しといてくれ」
「お前は甘い汁を警戒するタイプだからな、逆にハードルを先に上げて蘭童さんで下げれば食いつくかと思ったんだが」
「蘭童殿との和解は済んでるからな、わざわざ会いに行く必要はない」
「そりゃ誤算だった。仕方ない、一応神代さんに謝っとくか」
そう言って雨竜は、持っていたスマホをいじって神代晴華へと返信する。
「なんであいつは僕に直接言わないんだ?」
「お前がスマホ持ってないからだろ。てか昼休みに直接話したけど断られたって言ってるが」
「当たり前だ、なんで僕があいつの愚痴に付き合わなければならん」
「他の男子が聞いたら一瞬で噴火しそうな言葉だな」
「なんでだよ、あいつには彼氏がいるじゃないか」
「この学校にはいないからな、卒業したし。虎視眈々と狙ってる奴ならいくらでもいるだろ」
「そりゃあいつの自業自得だ、距離感ブレーカーめ」
「そういうことを言って欲しいんだと思うけどな、神代さんは」
「はっ? そういうことってどういうことだ?」
「いろいろだよいろいろ、お前と話してるのは楽しいからな」
なんか急に気持ち悪いこと言われた。えっやだ怖い。そんな爽やかな微笑み浮かべても怖いものは怖いんだけど。
「とまあネタばらしは済んだところで」
「行かないぞ僕は?」
「だよな、そう言うと思った」
「僕には僕の放課後があるからな、今日はどちらへ行こうかな!」
リズムよく声と共に立ち上がると自分の机に脚をぶつけてしまった。机の中のものが反動で落ちてしまう、やっちまったぜこん畜生。
「ん?」
書類やら教科書やらを拾い上げている最中、見慣れない紙を発見した。そういえば今日、蟻図鑑に夢中で机の中見てなかったな。なんだこれ。
2つ折りになったその紙を広げると、
『放、保、☽』
と端的に記されていた。月は漢字ではなく、三日月のマークが描かれていた。
「……はあ」
瞬時に誰から来たかを理解した僕は、無意識に溜息がこぼれ落ちてしまった。
「どうかしたのか?」
声をかけてきた雨竜にその紙を見せると、「ああ……」と何とも言えない声を漏らした。どういう心境なんだそれ。
「人気者は大変だな」
「お前のせいで大変なんだけどな」
「でも行くんだろ?」
「お前とくっつく可能性がある限りはな」
「そうしたいなら、保護者同伴を何とかしろ」
「それは僕が何度も言ってる」
一瞬僕らの間で時が止まったかと思うと、同じタイミングで溜息をついた。
仕方ない。今日の今日こそ言い聞かせてやるか。向こうから呼んだんだから本望だろう。
「てかいつこれ机に入れたんだよ、気付かなかったらどうするつもりだ」
「それならそれでまったり過ごすんだろうな、あの人のことなら」
「ったく、貴重な僕の放課後は高く付くぞ」
「お前な、ハレハレ2人に呼ばれたんだから素直に喜んどけよ」
「僕にとってはポンコツ2人だ、嬉しいわけあるか」
「ポンコツって……」
「じゃあ僕は先行くぞ。こんなのさっさと終わらせるに限るからな」
「おう、俺からよろしく伝えといてくれ」
「自分で伝えろ馬鹿」
そう雨竜に告げてから僕はすぐさま教室を出た。
ハレハレと呼ばれるもう1人の女、月影美晴に会うために。
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