第37話 偶然の遭遇

月影美晴は、1年時に同じクラスだった神代晴華に勝るとも劣らん美少女である。活発で明るい神代晴華とは対照的に落ち着いた雰囲気で話す彼女は、その風貌も相まって大和撫子の再来とひっそり言われている。


まあ分かる。見た目について言うなら世間一般の評価が正しい。神代晴華と月影美晴が男子の評価を欲しいままにし、きのこたけのこのようなどちら派論争を起こす気持ちもまあ分かる。


だがそれはあくまで容姿に限った話だ。こと恋愛というジャンルに関してはモテているにも関わらずポンコツ甚だしい。僕からすればどちらも積極的に関わりたくないが、月影美晴には1年の時から雨竜のことで相談を受けている。びっくりするほど進展する気はないので、神頼みのような感覚で年1ペースで参詣できたらと思っている。まあこういった謎の会合は月に1度行われているのだが。


「あっ」


今日こそ僕の説教を頭に叩き込んでやろうと決意を新たにしていると、向こうから少しばかりタイムリーな女が歩いてきた。


ウェーブのかかった金髪のロングヘアー。キラキラに輝くつけ爪。何回腰で折っているか分からない膝上スカート。学校の校則と真っ向から戦う主人公のような風貌である。


「よう」


普段なら絶対に声をかけないが、蘭童殿との一件もあり、少しだけ話してみたくなった。


「はあ?」


スマホに集中していたその女――――名取真宵は、鋭い目付きで僕を睨んできた。

いやいや、第一声が『はあ?』って。


しかしこの女、見た目は全身フル装備といった感じなのに、顔は何にも弄ってないんだよな。これで化粧をしているというならかなり上手なんだと思う。よく分からんけど。


「……何?」


足を止めてこちらへ向き直る名取真宵。どうやら会話をする気はあるようだ。

どうしよう、声をかけたはいいが特に話題がないな。放課後だし、無難に部活動の話でも振ってみるか。


「これから部活か?」

「はっ、死ねば?」


酷くないですか。そりゃ仲良くしろとは言わないが、人としてコミュニケーションくらい取らせていただいてもいいと思うんですが。


「部活なんて真面目にやるわけないでしょ、かったるい」


腕を組みながら大層つまらなさそうに吐き捨てる名取真宵。

そういう意見をお持ちなら、『はっ、死ねば?』と言う前に言ってもらえれば良かったんですがね。


「まあお前、部活できそうな格好に見えないしな」

「はっ?」

「死なないぞ?」

「…………死ねば?」


先手打っても言うのかよ。一瞬沈黙したから我慢したのかと思いきや、結局先ほどより心を込めて言われた気がする。あれだな、コイツにとって『死ねば?』は挨拶みたいなもんなんだろう、『おはよう』とか『こんにちは』とかと一緒。そう思えばすごく挨拶をしてくる気持ちの良い女子って変換できるな、どれだけ前向きなんだ僕は。


「あれ雪矢、まだこんなところにいたのか」


名取真宵の言葉をポジティブに受けとろうの会を発足していると、後から教室を出てきた雨竜が声をかけてきた。体育館に行く途中のようだ。


「あっ、名取さんと話してたんだ。こんにちは」

「……ん」


名取真宵に気付いた雨竜が挨拶をすると、彼女は腕を摩りながら雨竜とは目を合わさず短く返す。

おい。いつもの挨拶はどうした? 雨竜にも死んでもらった方がいいんじゃないのか。


「なんか久しぶりだね、2年になってから初めて話したかな?」

「まあそうかも」

「クラス違うと話す機会が少ないからね。そういえば部活は? あんまり体育館で見ないけど」

「最近体調が微妙で」

「ああ、季節の変わり目は風邪引きやすいし気を付けないとね。これからだと熱中症も大変だし」

「青八木はどっちも完璧に対策してそうだけど」

「水分補給とか汗の管理くらいはね。酷いときは着てるタンクトップが汗で絞れちゃうからな」

「何それ、漫画みたい」


2人の会話を黙って聞きながら、僕はすっかり目が点になっていた。

雨竜の振る舞い自体は何度も見てるし特に感想も沸かないが、名取真宵が僕と話してたときと同一人物に思えない。表情の取り繕いはできているが、まったく言葉に棘がないのだ。


元々好意を抱いていた相手だからといえば聞こえは良いが、僕が舐められているだけなら許せない事実である。てか最近体調が微妙って何だ、かったるいから部活行ってないって言ってただろうが。


「じゃあ俺部活行くから、また」

「……ん」

「雪矢も暇だったら部活こいよ?」

「行かねえって言ってんだろ」


名取真宵との会話に一区切り着いたのか、話を終えて体育館へと向かう雨竜。唐突に現われて嵐のように去って行く、迷惑以外の何ものでもないな。


とりあえずその場にいる名取真宵に目を向けると視線が合った。すると彼女は分かりやすく舌打ちをする。

雨竜との会話を間近で見られたのが恥ずかしかったのかもしれないが、僕に当たるのはやめてくれ。


これ以上この場にいても僕の得にはならなそうなのでさっさと場を離れたかったが、


「あんたさ、相変わらず青八木の金魚の糞やってんだね」


面白おかしく心外なことを言われてしまったため僕は留まった。

僕が雨竜の金魚の糞? 何を言ってるんだコイツは。


「ふざけるな、僕からあいつに絡もうと思ったことはない。僕が金魚であいつが糞だ」

「何それ、青八木の方から話しかけてますアピール? 面白くない上にキモいだけど」

「短絡的な思考回路に幼稚な感情。はあ、こんな人間と同い年だなんて思われたくないね」

「……喧嘩売ってんの?」

「先に売ったのはそっちだろうが」


そう言って鋭く睨み合う僕と名取真宵。名取真宵の心境は知らないが、僕は『最近バトル漫画でこんな煽り合いを見たなー』とか考えていた。勿論表情はいたく真面目である。


「……白けた」


目を逸らしたら負けみたいな雰囲気になっていたのでずっと名取真宵を睨んでいたが、数秒後一言漏らすと彼女は僕など最初からいなかったように教室へ戻っていった。


「見た目によらずガキだな」


子供じみた悪口の羅列がそれを物語っている。あんなに煽り耐性が低いのであれば、蘭童殿の行動を見て軽く嫌がらせはしてしまうかもしれない。今日の様子を見ている限り、雨竜への気持ちを完全に捨て去ったようには思えないし。


だが、何というのか、小物なんだよなあいつって。見た目で取り繕って強い言葉で防御して、はっきり言って強者のやり方ではない。大きいことをやろうとして直前でビビるタイプだ。そういう意味では、蘭童殿がそこまで意識しなければ特段問題なく感じられる。


名取真宵と1対1で話して抱いた感想。その上で蘭童殿であれば障害はないと判断。


だが僕は大事なことを忘れていた。

名取真宵は普段リーダー格として取り巻きと行動してることが多いこと。

そして小物というのは、近しい人間の前で見栄を張ることが多いこと。


決して失念してはいけないことを、僕はそのとき考えることができずにいた。

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