第29話 物乞い

「成る程、神代先輩が付けたニックネームだと」


その後、必死の弁解により何とか事なきを得ることに成功した僕。

こん畜生、まさかウルルンにここまで苦しめられるとは。お前はしばらく封印だ、また僕がいじめられたら敵わないからな。あと何か腹立つから神代晴華は説教だ。


「まあそこを疑うつもりはないですが、廣瀬先輩が敵である事実は変わってないですよ?」


よし、ようやく話を振り出しに戻すことができた。

ここからはさっきできなかった話をするだけ、道筋は完全に見えている。


「それをしっかり否定したいのですが、立ち話もなんですし食堂入りませんか?」


このまま続けていては蘭童殿もあいちゃん殿も昼食を取れなくなってしまう。ここは自然な形でご飯を誘い仲良くなる、名付けて『ご飯でみんな仲良し大作戦』を決行だ。


「まあ私は構いませんが」

「えっと、全然関係ないんですが1ついいですか?」


蘭童殿がすんなり了承する中、恐る恐るといった感じで手を挙げるあいちゃん殿。

どうしたのだろう、雨竜との件を掘り下げられなきゃ何でもいいのだが。


「えっと、どうして廣瀬先輩は敬語なんですか?」


あいちゃん殿の質問は、僕が想像したものを遥かに下回るどうでも良さだった。


「あいちゃん、そういう質問は失礼だよ。普段ずっと敬語で話す人だっているじゃない」

「えっ、廣瀬先輩ってそういう人ではなかったような」


今の言い方、あいちゃん殿は僕のことを知っているな。となるとやっぱり気のせいじゃないんだろうけど、どこで見たか本当に思い出せない。


「あいちゃん殿、前はどこで会いましたっけ?」

「あいちゃん殿!? それはかなり困ります! あいでもあいちゃんでも何でも良いので殿は止めてください! 後敬語もいらないです!」

「ちょっとあいちゃん、いきなりいろいろ言い過ぎでしょ?」

「だってやっぱり変だよ、私たちの方が後輩なのに」


なんだ、殿は不評なのか。蘭童殿の友達だし、敬意を示すのは当然だと思ったのだが。


「じゃああいちゃん、さっきの質問なんだけど」

「あっはい、前にどこで会ったかって話ですね。茶道室で、朱里先輩と出雲先輩とお話ししているのをお見かけしました」

「ああ!」


僕が桐田朱里へ説教していた時か。御園出雲が後輩が入ってこられないって騒いでいたけど、あの中にあいちゃんもいたのか。道理で見覚えがあるわけだ。


「そうかそうか、そういうことなら話が早い。またちょっと茶道室に伺おうと思ってたからよろしくだ」


当然まだ抹茶の件は伏せる。1週間雨竜に抹茶を奢らなければいけないことを知られたら、出禁にされること請け合いだ。


「えっ、でも廣瀬先輩って出禁になってるはずじゃ」

「既に!?」

「はい、前廣瀬先輩が帰った後に出雲先輩がそう言ってたので」


あの女、僕を茶道室から追い出すだけじゃ飽き足らず出禁を後輩へ伝達するとは、許すまじ。絶対に茶道室で抹茶を飲んでやる。雨竜をダシにしてでも飲む、僕が飲んでやる。


「あっでも、朱里先輩がそれは可哀想って言ってたので出禁ではないかもしれません」


おお、桐田朱里良い奴じゃないか。可哀想という表現に若干の引っかかりを覚えるが出禁に否定的になってくれるとは。よしよし、茶道室に無事行けたら僕の点てた抹茶をあげよう、感謝の印である。


「すみません、話が脱線しましたね!」


あいちゃんが慌てた様子で頭を下げる。確かに話がすり替わってしまった、茶道部の話も良いが今は蘭童殿の件が優先だ。


僕は2人の定食券を購入すると、それを渡して席を確保することにした。このタイミングなら最初の方に来た生徒たちが食べ終わる頃だから入れ替わるようにすればいいだろう。


「場所取り助かります」

「先輩も行ってきてください」


トレイを持った2人が来たところで僕もカウンターへ向かう。ささっとご飯をもらい受けると、2人の場所へ戻った。


「あの、良かったんですか、奢ってもらって」

「気にしないでください。お金ならあるので」

「いや、ちょっとそう見えないというか何というか……」


蘭童殿が僕のトレイを見て、気まずそうにあいちゃんと顔を見合わせる。


「廣瀬先輩、それだけですか?」

「……」


僕のトレイに載っている白米を見てあいちゃんが言った。

どうしよう、先輩面したかっただけに手持ちが120円しか残らなかったことは言えない。


「ダイエット中なんだ」

「炭水化物でですか? というか先輩にダイエットは不要なんじゃ」

「ボクシング選手は食事制限との戦い、それを超えなきゃリングにも上がれないんです」

「でも先輩、ボクシング選手じゃないですよね?」

「はい、違います」

「……」

「……」


騒がしい食堂なのに、確かにこの周辺に静寂が訪れた。

どうしようかなこの空気、ふりかけでももらってこようかなと思っていると、蘭童殿とあいちゃんがクスリと笑った。

そして、小皿に定食のおかずを少しずつ入れると、僕のトレイの上に置いてくれた。


「えっ、いいんですか?」

「いいも何も先輩のお金じゃないですか。それに目の前で白米だけ食べられたら居心地悪すぎますし」

「ありがてえ……!」


うう、なんてよくできた後輩なんだ、僕なら構わずむしろ美味しそうに食べてやるというのに。やはり敬意を表すのに先輩後輩は関係ない、大事なのは気持ちだ。それがよく分かる瞬間である。


よしよし、これだけいただければ昼はなんとか凌げる。見栄ってのも張りすぎると良くないな、勉強になりました。



「……おいおい、あいつ後輩の女子からおかずたかってたぞ」

「後輩ちゃんかわいそー」

「てか白米だけってマジ? ギャグなの?」



やっべー、完全に物乞いか何かだと思われてる。そりゃそうですよねー。

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