第10話 約束
「ご、ゴメンね、追い出すような感じになって」
「まったくだ、客に茶の一つも出さないで」
「……そこまで堂々と返答されると私も返す言葉がないよ」
茶道室を追い出された僕は、桐田朱里が部活を終えるまで図書室で時間を潰していた。医師免許を持たない天才医師の漫画を読んでいたのだが、良い感じに時間を潰すことができた。あの漫画の作者は天才だな、物語に引き込むのが巧すぎる。
「しかしいいのか? 部活終了まではまだ時間があるぞ?」
桐田朱里が図書室に来たのは部活が終わる30分ほど前、それも文化部のくせにやけに息を乱して入ってきた。どうやら急いでいるように感じられたのだが。
「廣瀬君を待たせるの悪いし、一応は私のために動いてくれてるし、一応は」
殊勝な心がけだが何故『一応』を2回言った? どう見ても全力で動いているだろう?
……まあいい。部活を切り上げて早く来たその行いに免じて許してやる。寛容な僕に感謝することだ。
僕は図書室の隅の方へ桐田朱里を誘導し、向かい合って座ることにした。
数人だが図書室を利用している人間はいる、声のボリュームは落とす。
「一つ訊きたいんだが、君は今まで誰かと付き合ったことはあるか?」
「……っ!」
僕の質問に頬を真っ赤に染めて反応する桐田朱里。
分かったもういい。言わずとも充分に理解できた。
「じゃあ好きな男がいたことは?」
「ない、ないよ、ないです!」
何の三段活用だ、図書室では静かにしろ。
「だって私、中学女子校だったし、男の子と知り合う機会なんてなかったし……」
「言い訳はいらん、事実だけで十分だ」
「うっ……」
僕の厳しい言葉に桐田朱里はあからさまに怯む。
悪いが容赦はしない、全ては雨竜のアホと付き合ってもらうためだ。どんな高い壁だろうと越えてもらう。
「僕としてはもう一度雨竜とデートに行ってほしいところなんだが……」
それは容易に無理だと判断できる。
名前を出しただけで顔を染めてうじうじする始末だ、こんな様子でデートになるはずもない。
しかしながら、こうして見るとやはり素材は悪くない。どこか垢抜けていない印象だが、そこが僕としては評価したいところでもある。僕の知ってる3バカ共と比較すると見劣りする部分はあるが十分戦える。
「仕方ない、やはり僕が一肌脱ぐか」
「えっ?」
僕はぽかんと首を傾げる桐田朱里に言ってやった。
「今週の日曜、僕とデートするぞ」
「…………はい?」
桐田朱里は、僕の言ってることがまるで頭に入っていないように目を丸くした。
「えっと、ごめんなさい。もう一回言ってもらっていいですか?」
「はあ? こんな静かな場所で聞き取れなかったって言うのか?」
「いや、その、私の勘違いだったら恥ずかしいので……」
「だから今週の日曜日に僕とデートしろって言ってるんだ」
「ええええええええ!!?」
「うるさい馬鹿! ここ図書室だぞ!?」
「ご、ごご、ごめんなさい!」
急いで口元を抑える桐田朱里だが、少しして顔を赤らめたまま僕の方へと身体を寄せる。
「な、なんで廣瀬君とデート?」
「男慣れしていない君に特訓させるためだ。まずは僕とデートをして、男と2人きりという状況に慣れてもらう。そうすれば本番の雨竜とのデートもある程度こなせるだろう?」
桐田朱里は真面目な女だ。僕の指摘を受け入れるし、自分を冷静に省みることができる。
そんな彼女に足りないものがあるとすれば経験値だろう。練習でもデートを重ねれば、雨竜の褒め言葉にも耐性がつくかもしれない。
「そ、その理屈は分かるんですが……」
桐田朱里は両手の人差し指をくるくる回しながら、机と僕を交互に見た。
「青八木君に勘違いされないですかね……? 廣瀬君が好きって思われたり……」
ああ成る程。何を心配してるかと思えば、確かに分からなくもない不安だ。
だが、それに関しては心配いらない。僕は桐田朱里に堂々と言ってのける。
「安心しろ。僕と君との関係が疑われるようなことがあれば全力でフォローに入る。約束する」
そもそもあのニブチン王子がそんな勘違いを起こすとは思えないが、彼女から不安を取り除くにはこれくらい言っておいた方がいいだろう。
すると桐田朱里は、少し口元を開いたまま、ずっと僕へと目を向けていた。
「どうした? 口約束だけじゃ不安か?」
「う、ううん! そうじゃなくて! なんかすごい心強い言葉だったから……」
「僕はいつでも心強いだろ?」
「………………そうだね」
おい。今の間はなんだ。師に対して失礼ではないだろうか。
「じゃあデートの件、了承したってことでいいか?」
「う、うん。私もこのままじゃダメだって思うし、廣瀬君がいいなら」
「任せろ。僕も君を失望させないよう努めさせてもらう」
「……うん」
急にしおらしくなった桐田朱里に違和感を覚えるが、無事デートの約束を取り付けることができた。
このデートを経て雨竜とのデートを成功させる。そのためには僕も全力を注がなくてはならない。
そうと決まれば明日の朝、僕はもう1つの計画を実行することに決めた。
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