*晴海緑道公園メイズ③ 高橋陸将補カムバック


 警察の護送車列は順調に進み、程なくして芝浦の向こう側にある海岸地区へ出る。そしてしばらく道路を走った後で、車列は速度を落として幾つか曲がり角を経由。しばらくしてようやく停車した。どうやら目的地に到着したようだ。


 バタバタと護送車の周りで足音がして、それから後ろのハッチがドンドンと乱暴にノックされる。これで「着いたぞ、降りろ」とでも言われれば、そのまんま「犯罪者か囚人」だろうが、流石にハッチを開けた警官は、


「着きました、降りてください」


 と丁寧な口調だった(当然か)。


 ちなみに、俺達20人は2台の護送車に分乗していた。その2台から飛び降りた俺達は、この場所で待っていた警官に「こちらへ」と促され、その後を付いて歩く。場所はまさに「岸壁」だった。右手側に人気ひとけの無い建物があり、その建物と海の間を歩いて行く感じだ。


 行く先にはオリーブドラブ色のテントが3棟。その近くに停車しているのはとても普通車とは思えないゴツイ装甲車。確か「ナントカ式指揮車両」という名前だった気がする(小金井の時にミリオタ飯田が言っていた)。とにかく、この系統の車両が居るということは、既に自衛隊の指揮部隊が出張っているということだろう。


 もしかしたら、「あの人」が居たりして、などと想像してみる。ただ、聞いた話だとあの事件の後に後方部隊へ配置換えになった、とのことだ。だから「まさか」とは思う。思うのだが……不意に視線が絡み合った里奈も、「まさかね?」という表情をしている。どうも彼女も同じ人物を頭に思い描いているようだ。


「もしかして――」

「――居たりして」

「まさか」

「……そうよね」


 結論から言うと、一番大きなテントの中にその人物、つまり「打たせ上手な高橋さん」が指揮官の顔で陣取っていた。


*********************


「今回の作戦を後方支援する高橋です」


 自己紹介としては可成り簡潔な言葉を述べる高橋さん。チラと俺や里奈に視線を向けるが特に驚いた表情は無い。まぁ「誰が来るか?」は事前に知っていた感じだ。


 ちなみに、高橋さん(陸将補)は、前回「小金井・府中事件」の際は陸上自衛隊の第1師団副指令でメイズ教導隊の指揮官でもあった。ただ、今の立場は「統合幕僚監部運用第4課・・・・・」の責任者という扱いらしい。


 これは別の機会に聞いた話だが、陸将補の階級で「この職」というのはある種の降格人事だったらしい。もちろん、その理由がおおやけにされることは無いが、隊の人(諸橋さん他)曰く、


 ――「小金井救出作戦」の際に現場判断で隊員に発砲を許可した事と、後は、隊員にも犠牲者が出たから、その責任を全部被った感じだな――


 とのこと。聞いた時は何ともまぁ世知辛い話だと思った。


 自衛隊創設以来、初めて国内でドンパチをやった、それも相手は他国の軍ならぬモンスター。現場には「想定外」の出来事しかなかったはずだ。そんな中、最小限の武力行使に留めつつ、被害(は有ったものの)を最小化、結果を最大化(メイズは無事消滅した)したのだから、何で降格になるんだろう? と思ったものだ。


 ただ、自衛隊の内部にもこの人事には含むものが有ったらしく、後方配置転換となった高橋陸将補は新設の「運用第4課」に配属となった。この課は統合幕僚監部として、陸海空の各隊を統括しつつ、将来的には「メイズ教導隊」を隷下にした「対メイズ作戦群」になることがこの時点で内定していた。


 具体的には2022年の予算編成を以て正式に「新作戦群」となる予定だったが、今回の事態を受けて前駆的な試験運用となった、という事だ。


 まぁ、考えて見れば、「晴海緑道公園メイズ」は埋め立て地である人工島の海に面した場所に出現したメイズだ。なので、陸上のみならず、海上や航空自衛隊の力を統合的に運用しなければ事態の解決は難しい。3軍を統括する統合幕僚監部という立場はうってつけなのだろう。


 勿論、この現場に到着したばかりの俺は、そんな事まで頭は回らなかったが、後から思い返すと、「対メイズ作戦群」が産声を上げたのはこの「晴海緑道公園メイズ消滅作戦」からだったといえる。


 まぁ、この時点では、未だその輪郭が産まれた程度だったけど。


*********************


 高橋陸将補の自己紹介の後、具体的な作戦説明は別の人が受け持った。その内容は、


「受託業者の皆さんは、ボートで海上から緑道公園に上陸してもらいます」


 というもの。テント内のボードに張られた晴海4丁目の拡大地図に「上陸点」と赤い印がつけられている。


「上陸後は緑道公園を横断し、この倉庫会社の裏から駐車場側に周り――」


 拡大地図上には「上陸点」から青い点線でルートが掛かれている。説明の通り、青い点線は公園を横断すると奥の倉庫会社の建物を左手に見ながら回り込み、更に駐車場を横断して細い道路に至っている。


「偵察ドローンの観測では、この辺りに自動販売機が有り、その裏側、道路と敷地を区切る植え込みの所にメイズの入口が出現しているようです」


 今度は航空写真だろうか? 赤外線画像をプリントした白黒の写真を見せながらそんな説明になった。写真は驚くほど鮮明だった。


「地図は皆さん分準備していますので各自が持ってください。写真は……すみません、ここで見るだけにしてください」


 とのこと。写真の解像度は軍事機密なのかな?


「ところで、前回の小金井の時は陽動部隊が居て、それと行動を合わせていた記憶がありますが、今回はどうなんですか?」


 と、ここで加賀野さんが質問する。対して、説明していた自衛官はちょっと言葉に詰まると高橋さんの方を見た。まるで、「言い難いので、後はお願いします」と言った感じだ。


「今回は陽動を行わない」


 そんな部下(?)の様子を受けて、高橋陸将補が口を開く。


「何故ですか? 上陸点からメイズの入口まで多分300mはありますよ。真っ暗な夜中に土地勘のない場所を、地図を片手にモンスターを気にしながら行けって事ですか?」


 対して加賀野さんの口調はちょっと責めるようなニュアンスがある。俺としては既知の高橋さんの肩を持ちたいところだが……加賀野さんの言うことが「ごもっとも」過ぎて口出しできない。


「確かに貴方の言う事はもっともだが、陽動できない事情がある。それは――」


 対して高橋陸将補は、そう言うと事情を説明した。


 その事情とは、早い話が「モンスターがリスポーンするから」だった。


「状況が判明して直ぐに第1空挺の誘導小隊50人が降りている。今はオリンピック選手村を中心に近隣のマンションや事業所の建物の安全を確保しているが、もしも陽動を仕掛けることで外に居るモンスターを斃してしまうと、今は安全が確保されている屋内にリスポーンし兼ねない。そうなると、彼等の数ではカバーしきれない」


 なるほど、と思う。


 ちなみに第1空挺団はメイズ教導隊が根拠地にしている練馬駐屯地に進出していた。全てオリンピックを睨んだ「万が一」に備えての事だったが、それが奏功したようだ。彼等は基地に有るだけの「MiZ弾」(といっても89式小銃用の5.56mm弾の数は少なかったようだが)を持って、薄暮の中を降下したらしい。そう思うと、素直に「凄いな」と思う。


 そんな彼等の即応の結果として、晴海に在住している人の想定人口の4分の1の安全を確保するに至っている。建物で言えば28棟の安全が確保されているということだ。その中には当然オリンピック選手村の建物も含まれている。


 折角確保した安全をモンスターのリスポーンで危険に晒す訳にはいかない。かといって、悠長に夜明けを待っている時間も惜しい。メイズさえ消滅出来れば、後は幾らでも部隊を投入できる。残り4分の3の人々の安全を確保するためには、何をおいてもいち早くメイズを消滅させなければならない。


「危険なのは承知している。それでも、貴方あなた方の実力を頼りに、危険を承知でお願いします」


 高橋陸将補の言葉には、小金井の時と同様の「やるせなさ」が含まれていた。



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